地名と伝説と神様
前々回の、モヨロ記事と分離したお話。
<これまでのあらすじ>
まとんはホタテ仕事中に、司馬遼太郎の『オホーツク街道』にはまってしまったぞ。(笑)
…で、帰り道に立ち寄った知床自然センターで、こんな本まで買ってしまった。
『消えた北方民族』
『知床半島の地名と伝説』
『松浦武四郎 知床紀行集』
どれも、斜里町や知床博物館などが編纂した、ちょっとした小冊子(松浦武四郎のは厚みのある“本”ぽい)。
知床のアイヌ語地名、オホーツク文化、そして松浦武四郎という三段攻撃に、ギリギリ貧乏生活から給料袋を抱えて出てきたばかりの私はイチコロだった。
(それでも、他の本の誘惑を断ち切って必死にこの3冊に絞った)
『地名と伝説』の一番最初のページを見ると、「え、こんなにあるの!?」と驚くほど、カタカナの地名がぎっしり書いてある。
現在は漢字が当てはめてある場所もカタカナのアイヌ語表記になっているのだが、ほとんどの場所は現在も漢字や日本語の地名に変わっていない。人が住んでいないから、なおさらその状態でいけているのかも。
本では、ここの載せられた地名の一つ一つを、語源から詳しく解説している。
『ポロピナイ [大石のある沢]…沢の口が小さな入り江になっており、その中に大きな石がある。』 などなど。
これが、けっこう面白い。
たとえば、
同じ“岩”でも、岩山は『イワ』、水際の崖は『ペシュ』、海中の岩は『ワタラ』、水中の岩は『ソー』、磯の岩盤は『シラル』である、とか。
“川”は『ナイ』か『ペッ(ペツ、ベツ)』だというのは割と知られているが、何が違うんだろう?と思ったら、地域差があり、樺太はほとんど『ナイ』で千島は『ペッ』、宗谷、網走は『ナイ』が多く、根室や斜里は『ペッ』が多い。とか。
などという小さな解説も「なるほど、そうだったのか!」で、私のようなアイヌ語超初心者、しかし中途半端に興味はあります、という人間には面白い。
この本の地名や解説の参考にしたのは、例の気になる男・松浦武四郎の知床紀行文(江戸時代!)と、これまた偉大なアイヌ語学者の知里真志保博士(彼の事も『オホーツク街道』に出ていた)の調査・研究などだそうだ。
松浦武四郎は幕末の、偉大なる“北海道マニア”。北海道中を、沿岸から内陸から歩きに歩き、アイヌの人々に地名や風土、文化などを教わり、詳細に記録した。
知里真志保博士はアイヌ人で、日本随一の言語学者でアイヌ語学者の金田一京助博士に才能を見出され、アイヌの研究で数々の業績を残した。
知里博士は、地名の解説に“言葉の解釈だけでなく、背景にあるアイヌ民族の世界観に触れている”という。
また、松浦武四郎は、“和人が北海道で使う地名は、先住であるアイヌの地名であるべきだ”という考えのもと、北海道の地名をできる限りアイヌ語で制定するように働きかけた。
あまり知られていないが、彼らのおかげで今も生きている言葉や地名が沢山あるのだな。
冊子に、アイヌの「熊送り(イヨマンテ)」についての記述があり、その中に
“動物も魚も、神が皮を着て肉を手土産に人間の世界に遊びに来ると考えていたから、獲物を決して粗末にせず、祈りをささげて天国に送り出していた。大事にしないと神が怒ってもう来てくれない、つまり不漁になる”
というのがあった。
その話は聞いた事があったが、なんだかいまいちピンと来ていなかった。
食べ物が神様の贈り物?食べ物が神様?神様を食べる?うーん?
でも、なんとなく感じるもののあるこの頃。
「贈り物」として神様が肉を持ってきた、というのとちょっと違う。
人間が捕まえた、捕まえなかったに関わらず、全ての生き物が“神”、というか、人間が敬うべきたましいみたいなものを体の中に宿している、という感覚、なのかなと。
イヨマンテの映像を大学で見たけど、「神様と崇めてまつって、最後に殺すってなんじゃ!?」といまいち謎な気分だった。
今はなんとなく、「殺すために捕らえ、最後には食べてしまう生き物でも(だからこそ?)、丁寧に丁重に接する」という意識を理解したような気もする。
意外と難しい。
食べる対象をモノとして見れば、簡単に殺して食べる事もできるところなのだが、その反対の考え方ではないか。
でも、アイヌのこの考え方を自分なりに納得したら、なんだかスッキリした。
大事にしたいなぁと思った。
むしろ実は、ペットとして生き物の自由を奪う方が生物としてヒドイことなのだったりしてねー(^^;)
面白い本だったが、アイヌの神様「シャマイクル」「オキクルミ」の伝説を、「弁慶」「義経」と書いているのが、何だか読みにくくて気に食わない。
シャマイクルが義経な訳ねぇだろ!今どき義経伝説かい!
…と心中ツッコミを入れながら読んでいたのだが、その後読んだ松浦武四郎の紀行文に「弁慶」「義経」の記述!ガーン(-_-;)
もうちょっと読んでみると、武四郎の時代にはシャマイクル=義経、と思われていたのだそうだ。
それをもとにして書いた本だから、義経と弁慶が登場する。
でも、現代人的には元の名前で書いていただきたかった…(^^;)
<これまでのあらすじ>
まとんはホタテ仕事中に、司馬遼太郎の『オホーツク街道』にはまってしまったぞ。(笑)
…で、帰り道に立ち寄った知床自然センターで、こんな本まで買ってしまった。
『消えた北方民族』
『知床半島の地名と伝説』
『松浦武四郎 知床紀行集』
どれも、斜里町や知床博物館などが編纂した、ちょっとした小冊子(松浦武四郎のは厚みのある“本”ぽい)。
知床のアイヌ語地名、オホーツク文化、そして松浦武四郎という三段攻撃に、ギリギリ貧乏生活から給料袋を抱えて出てきたばかりの私はイチコロだった。
(それでも、他の本の誘惑を断ち切って必死にこの3冊に絞った)
『地名と伝説』の一番最初のページを見ると、「え、こんなにあるの!?」と驚くほど、カタカナの地名がぎっしり書いてある。
現在は漢字が当てはめてある場所もカタカナのアイヌ語表記になっているのだが、ほとんどの場所は現在も漢字や日本語の地名に変わっていない。人が住んでいないから、なおさらその状態でいけているのかも。
本では、ここの載せられた地名の一つ一つを、語源から詳しく解説している。
『ポロピナイ [大石のある沢]…沢の口が小さな入り江になっており、その中に大きな石がある。』 などなど。
これが、けっこう面白い。
たとえば、
同じ“岩”でも、岩山は『イワ』、水際の崖は『ペシュ』、海中の岩は『ワタラ』、水中の岩は『ソー』、磯の岩盤は『シラル』である、とか。
“川”は『ナイ』か『ペッ(ペツ、ベツ)』だというのは割と知られているが、何が違うんだろう?と思ったら、地域差があり、樺太はほとんど『ナイ』で千島は『ペッ』、宗谷、網走は『ナイ』が多く、根室や斜里は『ペッ』が多い。とか。
などという小さな解説も「なるほど、そうだったのか!」で、私のようなアイヌ語超初心者、しかし中途半端に興味はあります、という人間には面白い。
この本の地名や解説の参考にしたのは、例の気になる男・松浦武四郎の知床紀行文(江戸時代!)と、これまた偉大なアイヌ語学者の知里真志保博士(彼の事も『オホーツク街道』に出ていた)の調査・研究などだそうだ。
松浦武四郎は幕末の、偉大なる“北海道マニア”。北海道中を、沿岸から内陸から歩きに歩き、アイヌの人々に地名や風土、文化などを教わり、詳細に記録した。
知里真志保博士はアイヌ人で、日本随一の言語学者でアイヌ語学者の金田一京助博士に才能を見出され、アイヌの研究で数々の業績を残した。
知里博士は、地名の解説に“言葉の解釈だけでなく、背景にあるアイヌ民族の世界観に触れている”という。
また、松浦武四郎は、“和人が北海道で使う地名は、先住であるアイヌの地名であるべきだ”という考えのもと、北海道の地名をできる限りアイヌ語で制定するように働きかけた。
あまり知られていないが、彼らのおかげで今も生きている言葉や地名が沢山あるのだな。
冊子に、アイヌの「熊送り(イヨマンテ)」についての記述があり、その中に
“動物も魚も、神が皮を着て肉を手土産に人間の世界に遊びに来ると考えていたから、獲物を決して粗末にせず、祈りをささげて天国に送り出していた。大事にしないと神が怒ってもう来てくれない、つまり不漁になる”
というのがあった。
その話は聞いた事があったが、なんだかいまいちピンと来ていなかった。
食べ物が神様の贈り物?食べ物が神様?神様を食べる?うーん?
でも、なんとなく感じるもののあるこの頃。
「贈り物」として神様が肉を持ってきた、というのとちょっと違う。
人間が捕まえた、捕まえなかったに関わらず、全ての生き物が“神”、というか、人間が敬うべきたましいみたいなものを体の中に宿している、という感覚、なのかなと。
イヨマンテの映像を大学で見たけど、「神様と崇めてまつって、最後に殺すってなんじゃ!?」といまいち謎な気分だった。
今はなんとなく、「殺すために捕らえ、最後には食べてしまう生き物でも(だからこそ?)、丁寧に丁重に接する」という意識を理解したような気もする。
意外と難しい。
食べる対象をモノとして見れば、簡単に殺して食べる事もできるところなのだが、その反対の考え方ではないか。
でも、アイヌのこの考え方を自分なりに納得したら、なんだかスッキリした。
大事にしたいなぁと思った。
むしろ実は、ペットとして生き物の自由を奪う方が生物としてヒドイことなのだったりしてねー(^^;)
面白い本だったが、アイヌの神様「シャマイクル」「オキクルミ」の伝説を、「弁慶」「義経」と書いているのが、何だか読みにくくて気に食わない。
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by ushimaton
| 2006-11-20 21:29
| 気になること
気が小さいのに、珍しいものは好き。 道草を喰って、たまに反芻したり。 牛歩ではありますが。
by ushimaton
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嬉しくありがたく
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