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モノと思い出

札幌に戻ってきて、記事にする間もなくまたトマト農家に出かけておりましたゆえ。
時間的には遡るが、帰ってくるまでの道のりでのオミヤゲの話などを。

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物理的経済的様々な制限もあり(^^;)、大きな土産はなかなか買えなかったまとんであったのだが、自分用にもこれくらいのものを持ち帰ってきたのだった。
沖縄、九州~札幌までの陸路移動で、買ったり道端でもらったり(ウチワとか)したもの。

Tシャツ数枚。
石垣の泡盛メーカー『請福』のTシャツをもらったのが特にお気に入り♪(笑)

沖縄はどういうわけか、Tシャツ大好き文化のようで。
土産における「変なTシャツ」率がやけに高い。
文字入りが特に多い。一番有名なのは『海人(うみんちゅ)』Tシャツだが、最近の売れ筋は『肥満人』と書いて『メタボんちゅ』とふりがなをふったもの…らしい。
さすがに肥満人Tシャツは買わなかった…シャレにならん(-"-;)
ユルーいキャラクターや腰砕けのオヤジギャグTシャツなどが多く、もともとTシャツマニア(?)のまとんのツボを押さえているのだ。
同じく最近すっかり手ぬぐいマニアと化しているまとんのツボ手ぬぐいも多く、あまりにも日常で使っていて写真に入れるのも忘れたが、ヘンな手ぬぐいも買った(笑)

衣類は、京都でかりんさんと二人でコーフンしながらカワイイ和風のキャミソールや靴下、手ぬぐい(また…)なども購入!
京都楽しいー(*´∀`*)
京都と沖縄は、それぞれの伝統的な美しさを、良いセンスで手を加えてカワイイ商品にしているものが多い、というところに共通点がある気がする。
それと重なった共通点で、そういったものを作り出せるような芸術的センスを持ち合わせた人々が多く移住している、というのもあると思う。

本来絶対買わないような柄の、宮古のロックフェスのタオルも…買いました…。
だって、あのロックフェスの日、あまりにもひどすぎる土砂降りでね。
一緒に行った人が買ったばかりのタオルを貸してくれたんだけどね。
とても「ありがとう」と洗って返すようなレベルじゃなく使ってしまったのでね。
新しいのを買って返して、貸してもらったのを自分のにしたの(-_-;)
あと、あちこちで、祭りごとにウチワもらいました…。

f0032403_23524934.jpgシーサー!!
かわいくない??
かわいいーかわいいー(≧∀≦)

宮城光男さんという謎の天才大王の作品なのだが、うむ、ツボである。
シーサーは、雌雄一対で、口の開いたのと閉じたので、門の両脇に立ってたりして、沖縄の超級にメジャーな守り神である。
あーかわいい。(うるさい?)

シーサーの後ろにあるマイ箸(はやりもの。笑)は、伊勢で買った。八角形で持ちやすい。
そもそもなんでマイ箸かというと、石垣かどこかのおみやげ物屋さん通りみたいなとこで、向かいにでっかいディスカウント土産屋ができて息も絶え絶え、みたいな小さいお土産屋に入ったとき、そこのばあちゃんが、気の毒なくらい必死になって何かを買ってもらおうと世話を焼いてくれましてな。
なんか気の毒になって、まんまと箸袋を買ったというわけで(^^;)
このお土産屋さん、そういう“気の毒がった客による売り上げ”も何割かあるんだろうかね(笑)

f0032403_23574735.jpgこまごましたものが好きでしてな。意外と。
自分の土産というと、いつも場所をとらないこまごまアクセサリーみたいなもんになってしまう。

貝のかけらをきれいに磨いたストラップや、上手な貝のはめ込み細工(沖縄の織物の有名な図柄になってる)のネックレス、水牛の角細工の鯨。

どれも、それを実際に作った人とのお話を楽しんだところばかり。
どの人たちも、すごく素敵で良い人たちだった。
どこかから移住してきて、楽しみながら、苦労もしながら、作っているアクセサリー。

アクセサリーと一緒に、その人たちとの思い出を買っているのであります。

特にこのミニぞうりを作ってたおじさんは、なんかすごかった。
預言者みてー!
まとんがどんな人間かも知らないはずなのに(当たり前)、悩んでいたり嫌になったりしていたことを見抜いたようにドンピシャリでタイムリーな名言をポロリンと言ってくださる。
びつくり(@_@)いたしました。

そういうのもね。
持ち歩くと、それぞれにまつわる人とか、その辺りで見たものやすごした時間の思い出とか、そういうのを身に着けているみたいで、なんとも幸せなのだよ。
わかる?

そして、これまた最高にお気に入りの土産もんが、こちら『沖縄おもしろカルタ』
ユルい。

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いろんなウチナーグチを使ったカルタなのだが、知っている言葉もあれば全然知らない言葉もあり、味わい深いイラストと相まって、ハイこれも非常にツボであります。

文そのものも面白いし、下に小さくついている解説文も面白いし、言葉自体が面白いし、絵がまたいい。

誰か、今度一緒にこのカルタやろうねー!

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行った島々でつい、黒糖を買い集めてしまった。

誰か、今度一緒に黒糖食べ比べ大会しようねー!

そうそう、こないだひとつ開けたっけね、『ノニ黒糖』。
体に良いが恐ろしくマズいと評判の、ノニという植物の入った黒糖。
…意外と普通に食べられた(笑)

あと、遠野では子供向けの物語集というものを買ってみた。
これは……うーむ。
何人もで手分けして書いたのだろうが、書き口があまりにもバラバラ過ぎて、本というより文集みたいな…(^^;)
手作り感あふれる本であった。
同じページが2枚あったり(笑)

記事にもちらっと書いた、私が泊まった宿のご主人が書いたという半生記も、帰り際に買って、道々読んでみた。
すごかった………。
脳性まひで左足の指先しか動かせない、かわいいおばあちゃんなのだけど、ニコニコしてすごく優しい、穏やかなその方の壮絶な半生を読むと、なんというか、それをすべて乗り越えてあの優しい笑顔があったのか、とか、色々と感じるものがあった。
また会いに行きたいな♪


モノより思い出?
うん。
でも、モノが、思い出を助けてくれることも、ある。
by ushimaton | 2009-08-30 00:56 | 旅のそら

フォトギャラリ~・その2

網走から斜里までは、オホーツク海岸を走る単線鉄道の小さな無人駅がいくつも続いている。
味わい深い古~い建物そのままで、来る列車はもちろんワンマンの一両。
ホームのすぐ先に原生花園やオホーツク海が望め、、独特のしんとした佇まいは旅人にもしんみりと人気だ。

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駅舎の小屋の壁には、訪れた人々が自分の名刺や飛行機の半券なんかを貼っている。
大学生の時に初めてここを訪れて、私や友人たちも名刺(宇宙少年団の。笑)をペタペタ貼って帰ったっけ。
備え付けてあったノートに「弟子屈の『Mのり園』(笑)はおすすめ」みたいな情報を書いて。

あの『Mのり園』、まだやってるんだろうか…あんなにアバウトで無気力系で謎めいた、しかし味わい深い宿は初めてだった…。無人駅どころかほぼ「無人宿」だったし(爆)
そのうちまた行ってみたいようなみたくないような。

駅の向こうに広がるオホーツク海は、冬になると流氷で埋め尽くされる。
その頃に海岸に下りていくと、クリオネがすくい取れるらしい。
たまに瓶に入れて飼ってる人とかいるもんね(^^;)すぐ死んじゃうらしいけど。

↓↓↓そんな感じで、フォトギャラリーの続編、はじまり~↓↓↓

続きのお写真、こちらからどうぞ☆
by ushimaton | 2007-09-17 12:42 | 旅のそら

フォトギャラリ~

さて、帰って参りました。

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“ようこそ『アイヌの里』へ。私たちがお待ちしています。”

…みたいな写真で最初を飾ってみた(爆) アイヌの里ってなんやねん!
屈斜路湖畔のアイヌ民俗資料館の隣にあった、アイヌの復元家屋みたいな所に入って、3人で長々と家の中を眺め回していたら、おじさんが着させてくれたのだ(*^o^*)きゃ~♪
はまりすぎじゃね!?


帰ってきて携帯更新からも抜け出せたし(笑)、少々今回のおさらいをしていこうと思う。
大き目の画像を載せるので、折りたたんでおく。
続きは下をクリックしてどうぞ~。↓↓

小清水・道東フォトギャラリー、こちら☆
by ushimaton | 2007-09-14 22:25 | 旅のそら

切符&ギャ~

わーい、きたきた♪

f0032403_2381154.jpg何がって?
その道に詳しい友人に頼んで、代わりにネットオークションで落としてもらった、残り2日分使える青春18きっぷ!!

青春18きっぷとは、日本全国のJR普通列車(と快速列車)が5日間乗り放題で1万ちょっと、という、お得な乗り放題切符の名前だ。
なにしろ、一日分は2千円強。それでどこまでも乗れるのだ。

でも、お得とは言っても、乗れるのは普通列車や快速列車のみ。…と文を打っていて、今タイプミスで普通列車が「苦痛列車」になっていた(-_-;)
そんなタイプミスにもあるように(笑)、乗車時間は長いし席は直角椅子だし乗り換えは多いしで、かなりハードでもある。
このとっても謎な切符の名称も、そんなところからついたのかと推測される(笑)

私のような万年貧乏人間にはもってこいなのだが、使える日が限定されているのが難点。
春夏冬、大体、学生の長い休みに合わせた日程で使える。
この夏の分は、9月10日まで。

どうしてそんなものを購入したのかというと、降ってわいた“プチ同窓会”に参加するからなのだ。
去年数ヶ月だけ働いていた某牧場で仲良くなった友達が北海道旅行中で、同じく牧場友達の牛絵描き・とみちゃんと3人で会おう!ということになった。
とみちゃんはヘルパーの仕事があるので、会うとしたら札幌ではなく、とみちゃんのいる小清水町だ。

そんなわけで、明日から少しの間、小清水に行ってまいります。

わーい、またみんなに会える!!!(≧▽≦)☆☆
…その前に、明日の10時間以上(!)をかけての大移動が待っているわけだが(-_-;)
18切符では一昨年、横浜から京都、山口と行った事がある。
横浜から京都でも8時間くらいの移動だったような気が…10時間って…(-_-)


f0032403_23331936.jpg昨日はハラペーニョの第2回の収穫で、またピクルスを作った。

今回は第1回目(8月15日)よりもハラペーニョの収穫が多くて、かなり辛そうなピクルスになるなぁ…などと思いながら、ハラペーニョとパプリカ、玉ねぎ、キュウリ、人参を刻んで下ごしらえして、消毒した瓶にムチムチ、ギュウギュウとそれらの野菜を詰め込みまくって、液を入れて作った。

ジャムみたいに脱気(瓶の中の空気を抜く)させようと、何も考えずにジャムと同じように瓶をお湯の中に入れてグラグラしばらく沸騰させて……
ハッΣ(@◇@;)
瓶の中身、火が通っちまったじゃん!?
茹でピクルスじゃん!?
いいのか?これで?(ToT)

去年のピクルスは瓶の脱気をしなかったけど、普通に持った。
てことは、わざわざ茹でピクルスにしなくても長持ちするんだったか…(-_-;)

そう思いながら、出来上がった瓶をしまいに地下の倉庫に下りていった私を襲った、衝撃的な光景!!!!

この前作ったピクルスから、む、虫が発生しているぅ!!( Д ) ゚ ゚ !!
蓋がしっかり閉まっていなかったのか?発酵してわいたのか?一つの瓶から液が漏れ出していて、それをゴハンにして小さい羽虫が大発生していた。
ぎゃ~~~~~~~~~;;;(@□@;;);;;

うっうっうっ。・゚・(つД`)・゚・。
いろんな意味でショックだった…。
たとえ茹でピクルスになっても、脱気は必要だったか…。
(でも去年のは平気なのになー)

夜、なんか指の先が痛む。
じりじりと刺さるような、熱い痛み。いつまでも治らない。

不安に駆られながら、あんまりジリジリするので思わず指先を舐めた。
ぎゃっ!カラい!!
作ってから何時間もたっているのに、もちろん何度も手を洗っているのに、こんなに辛味成分が残っているなんて。恐るべしハラペーニョ。

色々ショッキングだったな。どきどき。

荷造り完成させてこようかな…。
by ushimaton | 2007-09-02 00:12 | つらつら

難航?

しばらく連絡がなかったモンゴルの日本語学校からメールが来た。
パソコンが壊れてしまい、使えない状態だったのだそうだ。

前回、日本語ボランティアが書いてくれた証明書をスキャンして添付し、ビザの申請が可能かどうか問い合わせていたのだが、今回はその答え。

「これだけではビザの給付は出来ない」とのこと。
さらに、「ビザの発給には日本語教師の資格が必要」らしい。
むぅぅ~?
この前までの話だと、「日本語の資格は必要ない。が、日本語教育に関係した書類が必要。」とのことだったのだが…(T-T)
外務省の審査が年々厳しくなっているというような事が書いてあったので、そのせいなのかもしれない。
さらに、「以前は観光ビザから就労ビザに直接切り替えも出来たが、今は無理」。

つまり、来月モンゴルに行っても、観光ビザの最大3ヶ月間以上は滞在できず、仕事の方はほぼ無理、ということだ。

今までも、果たして向こうで仕事をするかどうかは微妙なところではあったが、「どうなるかわからない」と、「はじめから可能性なし」は、ちょっと違う。
それでも、ただ遊びに行くだけでもいいか!と思いたいところで、なかなか充分な資金が集まっていないという現実も見えてきたり…(-_-;)

さらに、現在来日中(のはず)の友達と、連絡が取れない。
多忙な人なので、私の新しい電話番号を持って来るのを忘れたのかも知れず、電話がかかって来ない。
私の方はというと、この前教えてもらった番号を電話機の横のメモに書きっぱなしにしていたら、メモがいつの間にか捨てられていた!Σ(゚Δ゚*)
バカバカバカバカ他の場所に書き写しとけばよかった。・゚・(つД`)・゚・。
で、その友達の親戚の人にメールで訊いている所なんだけど。

はーろくなことがない~♪
中途半端な取り組み方の当然の結果ってこと?(-д-;)


そんな私は明日から、この前売れなくてビックリしたあのお店で、一番高価なプレミアムビールを売る、という豪胆なミッションに出動であります。(笑)


…以上の状況によりまして、
焦燥感!落胆!困惑!失速!緊張!
……の配合率がやや上昇!(笑)

そんな中、従妹が新聞で動物園の飼育係体験の時の記事を発見して教えてくれた。
写真に、まるでウサギから湧いて出たエクトプラズムみたいに私が写り込んでいた。
こんなのを発見するなんて、従妹すごい。
by ushimaton | 2007-04-05 23:13 | 自分のこと

ピポカ


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電子レンジでチンするポップコーンを戸棚から発掘したので、作ってみた。

また回想が入るが(笑)、これを見ていると思い出す。

南米・ベネズエラから、隣国のブラジルに入国したての時。
スペイン語は少しはサバイバル的に憶えていたが、ブラジルはスペイン語と似て非なるポルトガル語。
食べ物の名前などの名詞がまるでわからなくなって困った。
バスターミナルの軽食屋は、まずはレジに並んで、会計したレシートを持ってカウンターに行き、食べ物をもらうシステムのようだった。
「ま、食えないようなもんはないだろう。面白そうな名前のものを頼んでみよう。」
夜行バスに乗る前の腹ごしらえがしたくて、レジに並んでメニューを見たら、『ピポカ』というかわいい名前の食べ物があった。
名前買いでそれを頼み、カウンターにレシートを持っていった。
忙しそうに働くお兄さん、手早く紙の包みを電子レンジに放り込み、しばらくすると…

パン!パパン!
ま、まさか…( ̄〇 ̄;)

チーン! (といったかどうか)
ああ~、自分のバカバカ(TдT) 見覚えあるわ、そのパンパンに膨らんだ紙包みー!
さすがに、夕食がわりにポップコーンは無理だった…(バスのおやつになった^^;)

…と、二度と忘れない単語『ピポカ=ポップコーン』をほろ苦く復習しつつ、今回は変わり種ポップコーンを作った。

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ポップコーンをポリ袋に入れ、カレー粉を入れてシャカシャカふりふり。

以上、カレー味ポップコーンの出来上がりー!

うん、ポップコーンなんて久々。
うまいうまい。


結構食べれるもんだねぇ。
…賞味期限5年も過ぎてたんだけど。

(普通食うか!?って?いや、作ってみてダメだったら諦めようかと思って…。)
by ushimaton | 2006-11-30 23:44 | つらつら

モヨロ貝塚

ちょっと前の話になったのだが。

ホタテ養殖の仕事を終え、無事に知床を横断した後で小清水の人たちに会う前に、少し時間が出来た。

ホタテの仕事をしている間、時間があると司馬遼太郎の『街道をゆく』を読んでいた、という記事を書いた。
読みながら、「帰りはオホーツク文化の遺跡を回るぞ!」と一人で盛り上がって、実際に知床自然センターまで行ったとき、そこの人たちに聞いてみた。
「この辺はオホーツク文化の遺跡が沢山あると聞いたんですが、見学できる遺跡はありますか?」
「あー、今はないですねぇ。」「ちょっと前まで、ドコモのFOMAのアンテナを立てる工事で遺跡を掘り出しちゃって、しばらく調査してたんですけど。」
ガーン、そうか…。
発掘中だけでなく、ただ見ることのできる場所もないのだとか。
カウンターにいた女の人がニコニコしながら言った。
「私の家、斜里町なんですけど、子供がよく矢じりとか石器を拾って持ってくるんですよ。『畑で見つけた』って。本当にこの辺、遺跡が多いんですね。」
ひゃー。そうかぁ。大昔から人が住んでいたんだなぁ。

…と残念ながら知床半島沿岸では遺跡を見ずに来たのだが(時間もほとんどなかったし)、網走に着いた時、数時間の空き時間を利用して、ここへ行ってきた。

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モヨロ貝塚
以前から名前は知っていたが、本を読んでようやく実はこれが考古学的にとても重要な遺跡だったと知り、知ったら急に行ってみたくなったのだ。

モヨロ貝塚は、大正時代に、熱心なアマチュア考古学者の米村喜男衛氏が発見した。
米村氏は理髪店を営みつつ発掘・研究を重ね、素晴らしい功績を残したのだそうだ。
この地にははるか昔からの、縄文人、ギリヤーク人、アイヌ人などの生活の痕跡がたくさん残されていた。遺跡に現れた、どの文化とも異なった生活様式から、オホーツク海沿岸に暮らしていた人々の「オホーツク文化」というものが明らかになった。
(舌足らずな説明で失礼)

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前日の半島徒歩横断のダメージ残る足でフラフラ歩いて、網走駅前からモヨロ貝塚へ。
思ったよりも規模は大きくなく、少し小高い丘をぐるりとフェンスで囲んである場所だった。
細い道が伸びていて、たどっていくとすぐ、発掘中らしき遺跡が見えてきた。
竪穴式住居跡の横には、オホーツク人の住居の復元したものがあった(写真)。
その先にちょっとした建物『モヨロ貝塚館』があり、ひっそりと貝塚の発掘物と歴史を展示していた。
ここで発掘された物の多くは、市内のもうひとつの博物館に展示されているのだそうだ。
時間があればそこにも行ってみたかったが、いやはや、時間なんてとてもとてもとても…足りなかったっすね、どこのどの訪問も(^^;)

ひっそりとした貝塚館を見渡して出てきたら、職員のおじさんが館の前に出てきていた。
「ありがとうございました」と話しかけ、ふと館の横を見ると、ちょっとした平らな空間いっぱいにシートが敷かれ、何人かの人がなにやら作業をしている。
「遺跡の発掘の仕事ですか?」
「そうですよ。近くへ行ってもかまいませんよ。」

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なにやら、土のような、石のような、ガレキのような、違うようなものたちが並んでいる。
なんだべ?これ?

ドキドキしつつ、手前で作業している女の人に声をかけてみた。
「これは何をしているんですか?」
どうやらどこかの大学の学生か研究生だったらしい彼女は、カメラをぶら下げてリュックを背負った、うざったい「やじうま観光客」姿の私に、親切に説明をしてくれた。
「色々な場所から採集した土壌を、水で洗い流して比重の違うものを分けるんです。軽い部分には食べていた生き物の骨が入っているし、重い部分には石器などが混じっているんですよ。」

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なるほど、よく見たら骨だ。
作業の手を止め、小さなかけらを拾っては
「これは鳥のくちばしですね。これは海獣、アザラシか何か…」などと教えてくれた。
「昔の人は、今の私たちよりもいい物を食べていたみたいですよ。」(笑)

オホーツク文化は狩猟、採取文化だった。農耕をする必要がないほど、食べ物が豊富だったからだという。

「貝塚」というと「昔の人のゴミ捨て場」というイメージだったが、実際はそういう訳ではないらしい。
生活の跡そのもの。住居もあるし、お墓もある。お墓は決して、ゴミ捨て場にあったわけではないのだとか。

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「土に炭が混じっていると、炉のあった場所がわかります。食べた獣の骨は、その部位によって骨を捨てる場所が家の北、南などと違っていました。」
中でも熊の骨は、他の生き物の骨とは扱いが違ったのだという。

「人の骨が出てくると、そこはお墓だったとわかります。そうしたらあらためてその場所をきちんと発掘していくことになるんですが…今回、そこからも、出てきちゃったんですよ。」
と言いながら、お姉さんが笑った。
発掘していた場所というのは、私たちのすぐ背後、貝塚館の前だ。今はブルーシートがかぶせてあった。
そうか、ここ、お墓だったんだ……(-_-;)

どうもありがとう、お姉さん。
関係ないけど彼女、友達のW松氏(男・カナダ在住・けっこうごつい)に顔が似ていて、顔を上げた瞬間に思わず無言で目を見開いてしまったよ( ̄〇 ̄;)
でもいい人だった(でもって何だ)

この話をしばらくあっためていた(?)のは、一緒に他の話も書こうかと思っていたからなのだけど、長くなりそうだからやっぱり分離しようっと(笑)
by ushimaton | 2006-11-18 22:31 | 旅のそら

原点の牧場

正味1日とちょっとしかなかった、小清水訪問。
会おうとした人が何人もいて、しかもそれぞれと話が弾むので、どこも不完全燃焼になってしまった(+_+)

小清水を去る日の早朝にやっと顔を出したのが、以前私が働いていた牧場。
仕事が仕事なだけに、早朝すぎれば忙しいが、程よい朝(笑)ならちょうど時間が空いている。
育成と搾乳を分業でしているので、朝7時過ぎから2時間くらいは家にいたハズ!
実はとみちゃんも、以前の私も、この牧場の敷地内の住宅に住んでいる(いた)のだ。夏はここから1キロくらいの大根農家に通い、冬はこの牧場で働いた。
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つまり、前の晩から私は牧場の敷地に来ていたのだが、到着は遅く出発は早く、さらに夜11時過ぎまでみんなでおしゃべりしていたしで、はじめに到着しつつも顔を出さなかった(^^;)


やっとわずかな余裕の出来た、朝。少し牧場内を歩いた。
おー、懐かしいこの道路!
道の左が牛舎、右が住宅&事務所。
どこまでもどこまでも真っ直ぐな道なのだが、親分がこの道を通ってみんなを隣町のラーメン屋に連れていってくれた時、買ったばかりのカーナビをさっそくつけていたっけ。
画面には、中央に真っすぐな一本線と車の矢印マーク。うけた。

近年にないほどの寒い冬が、私の初めての牧場だった。はじめは実習で、そのまま雇用してもらって。
青いビニールの前掛けが、一歩パーラー(搾乳の部屋)を出ると凍って真っ白のパリパリになる。瞬間でしもやけになり、痛くて歩けなくなって驚いた。昼の仕事に行って夕方帰ったら、水道が凍っていた。部屋の中に保管していた野菜も凍った。

しかし、そんな寒さすら楽しかった(笑)

当時の私は、自分の不注意やドジを警戒して、仕事に合わせて生活の残り時間の全てを使っていた。
起きてすぐだとボーっとしてしまうかもしれない。食べないと動けないかもしれない。睡眠時間が短いと失敗が増えるかもしれない。気がついたらボーっとしてしまっているのは、昼寝をすればマシなのかもしれない。
そんな訳で、朝は4時に起きて、たっぷりの朝食を食べた。一般的な軽い朝食でばてると困る(と思っていた)ので、夕食ばりの重い食事。
5時から搾乳、7時過ぎに上がってきて、休憩時間は、寝た。昼休みも寝た。眠いというより、「寝なきゃ」だった。
夜は8時過ぎには寝た。「8時間寝ないといけない。寝ないと、ドジが増える。」という、自分で作った決まりとジンクスに縛られまくっていた。
実際はそんな事ないのにね。

誰かに叱られたり、ねちっこくミスを指摘されるということは一度もなかった。
でも失敗は色々したなー。牛を逃がしたり、うまく動けなくて勝手に落ち込んだり。
それでも「本当に助かる」などと言ってもらえたり、「今夜鍋するから来い」などとよく招いてもらった。食費をしっかり入れてくれるのに、スーパーに買い物に連れて行ってもらったら、結局それも払ってくれたり(-_-;)
仕事とは関係なくても、色々と知りたい牛や酪農の話を、聞けばなんでも丁寧に教えてくれた。
挙動不審の牛に大笑いして報告すると、同じくらい面白がってくれ、いつもキョド牛話で盛り上がった。
牛舎に愛用のカメラを持っていって、ものすごい朝焼けなどが見られたら、抜け出して写真を撮らせてくれたりもした。
楽しく、衛生的で、時間的にわりと余裕のある酪農。
牧場ってこういうもんだ、と思ってしまったのは後々ちょっと大変だったか?

自分で作って勝手に自分を縛ったコダワリで息苦しくなったりもしたが。←これ抜け出せたのはホントに近年だ(^^;)
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以前働いていたとき、心中ひそかに気に入っていた318番の牛がまだいるのかどうか、牛舎を覗いて表を見てみた。
…いなかった(T-T)やっぱりな。
乳出ないしなかなかとまらない(妊娠しない)し、暴れるし言う事聞かなかったもんなー(^^;)
私がこっそり乾草で手なずけて(笑)、私を見ると寄ってくるようになっていた。舌を鳴らして呼びかけていたら、私が牧場の仕事を終えて半年後(夏は畑で仕事)、札幌に帰る前に放牧中の乾乳(出産前で乳を搾らない状態)の柵に行って舌を鳴らしたら、どこからともなく会いに来たのだった。


ふらふら少し散歩をした後(その間にとみちゃんが朝食作ってくれた…ありがとう(T-T))、牧場に挨拶に行った。
親分も奥さんも、すごく喜んでくれた。
時間が足りなくてそわそわしながら(この後大根畑に行って、ゆきちゃん達に送ってもらって、網走からバスに乗るのだ)いろんな話をした。

「いろんな人に、短期や長期でこの場所でゆっくり過ごしてもらうような事がしたいんだ。住む場所と畑と牛を貸してさ、好きなように丸ごと生活してみてもらうような。」
「そんなことするお金ないでしょ、って私は言っているんだけど。」
「そうだ。こういうことするのに儲けようと思ってもダメなんだよな。だから、仕事としてじゃなくて、将来の夢みたいなもんなんだよ…。」

そういう考え方の親分たちがそういうことをするなら、きっと来た人たちは素晴らしい経験をして帰っていくことになるんだろうなぁ。

最後に「牛肉食うか?」と言いながら、親分が牛肉のパックを冷凍庫から出してきた。
おおっ、出た!究極のトレーサビリティー肉!これ以上ないほど産地や肥育状況がわかるという、直接牧場にいただくお肉(^^;)
この牧場では、あまり多くはないが食肉用の雄ホルやF1などを育ててもいる。大抵年末に一頭、お歳暮に変身している。

ありがたくいただきやす!魔法の新聞紙のお陰で(?)凍ったまま持って帰ったし♪
by ushimaton | 2006-10-14 16:39 | 旅のそら

愛する大根畑

大根は、私の小清水の7割5分くらいを占める。

6年前小清水に来て、松次郎さんの作品展の受付をしていたとき、私の全財産は2万円くらいだった。
自転車で札幌に帰るには心もとない金額だ。
季節は夏の終わり。畑作農家の繁忙期だった。
「畑のアルバイトとか、どこかでさせてもらえないでしょうかねー。」
松次郎さんともう一人のそこで会った人に聞いてみたら、知人に当たって探してくれた。
「同じアパートの奴が働き先に聞いてくれた。」と言ってもらった直後、もう一人が「妹の旦那に当たってもらったんだけど、ギリギリでもう決まっちゃったんだって。」との報告。
聞いたら偶然にも同じ農家の事だった。つまり「ギリギリで決まった」のも私の話だったのね。
それが、大根や人参、ごぼうなどを作っているこの農家だったのだ。
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っていうか壮観!なんじゃこりゃ!

久々に訪問した親分ちの大根選別工場は、なんか壮大になっていた。


初めての農業。私がここでデメンに雇ってもらって、最初にした仕事は、大根抜きだった。
この農家では野菜を育てるところから選別、箱詰め、出荷まで、すべて自分たちでやっている。
朝6時半、朝露でぐしょぐしょになるためカッパを着こんで、大根畑へ。4、5人が横一列に並び、大根の畝と畝の間に立つ。
自分の両脇に生えている大根を両手で2本同時に引っこ抜き、目の前で待機している「動くベルトコンベアー」みたいな機械に乗せ、一歩後ろに下がって次の大根を抜く。
「動くベルコン」にはキャタピラがついていて、私たちが後ろ向きに進むのと同じ速度で動いてついて来る。
乗せた大根はベルコンの端についているカッターで葉をズバズバ切られ、500キロのコンテナに積み込まれる。
大根を抜くのが遅いと、キャタピラに轢かれそうになるし、気をつけないとカッターの葉で手をズバズバやられちゃいそうになる(^^;)しかもベテランデメンさんたちはものすごく速いので、それに合わせてキャタピラが迫ってくるため、いつも慌てふためいていた。(そんな時は両脇のデメンさんが、私の畝の大根も抜いてくれる。)
コンテナがいっぱいになって交換する間、座り込んではあはあ(笑)
カッパなので大汗をかいて、カッパがすっぱくなる(^^;)
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昼前には選別工場のあるD型ハウス(農家によくあるカマボコ型の倉庫)に移り、抜いてきた大根を洗って選別、箱詰め。夕方にトラックが取りに来るまでに1000ケースくらい作っていた。

種まきから収穫まで全て携わった翌年。
大根の間引き(一箇所から2,3個出る大根の芽の、ちょうどいい大きさだけを残して他を抜き取る)もスゴイ作業だった。
大根抜きの時のように、畝と畝の間に、今度は4つんばいになって入る。そして自分の両脇の大根の間引きをしながら、果てしなく広い炎天下の畑を4つんばいでひたすら往復する。

衝撃的なハードさ。
でも、本当に楽しかった。(ベテラン半人分の仕事しか出来なかったけど。)
そして、色々な事を教わった。

デメン&親分の奥さんなどのお母さんたちは、仕事がキツくなればなるほど、ものすごくテンションが高くなる。
猛烈な勢いで手を動かしながら、強烈な下ネタを織り交ぜた冗談をぶっ飛ばしながら、エンジン音もかき消す笑い声を上げて働く。
「きつい、もう嫌だ。」と絶対言わないのだ。
「うだうだ言ったってやらなきゃならないんだから!」と、楽しく気を紛らわせながら働こうとする。

来た段階では、「がむしゃらにやる」というだけのカードしか持ち合わせていなかった私を大いに育ててくれたのもここだった。
最初の一日で「人見知りだろ」「目の前の作業でいっぱいいっぱいになるタイプだな」と見抜かれた私だったが(^^;)、そんな私に、「周囲に目を配りながら働くとはどういうことか」「他の人がやりやすいような動き方」、そんな事を仕事の中で学ばせてくれたのも、紛れもなくここだった。
もともと目の前しか見えない人間ではあるのだが、そういう人間なりに少しでもそれをカバーするやり方だってあるんだ、と、教えてもらった。
もちろん今でも半人前だが、それでもたま~に「気がつく」などというありがたい言葉をいただいてしまうのは、ここで働いた経験があったからこそだと思っている。
でもマージンとかは払わないぞ(笑)

PCで表計算ソフトやデータベースソフトを初めて使ったのもここ。
その日の納品書を作ってトラックの運転手に渡す。発車した後で入力ミスを見つけて走った事もあった(^^;)
「あれ?こんなところに多聞が。」と言いながら親分が机の下から出してくる一升瓶を机に置いて、皆でわいわいおしゃべりして、家に帰って爆睡。そんな日々だった。


ゆきちゃんとの再会の後、とみちゃんの家に泊めていただきつつ、翌朝にそんな大根農家へ。
O町を出て、今はここで働きながら酪農ヘルパーを目指している、以前同じ職場だった牛絵描きのとみちゃん(ミホちゃん)が、この日は運転免許の試験のために仕事を休むことになっていた。
なんかよくわからない成り行きで(笑)、とみちゃんのヤッケや長靴を借りて、代わりに(?)私が一日、一緒に久々の大根&人参仕事をする事になった(^^;)
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親分は体調不良でイキが悪かったが、久しぶりに会えたお母さん方は全然、全っ然、変わってなくて、すっごく楽しかった。
会うなり「きゃー久しぶりー」「あら~」などと盛り上がって、わいのわいのとお喋りしながら、一応作業を手伝いはした…のだが、ついついウキウキモードになってしまい、仕事としてはまったく役立たず(-_-;)
「なんだか5年も会わなかったって感じがしないね。」などと言われ、一人で喜ぶ。
選別中、いきなり機械が止まった。
「お昼ー!」
「え!?もう!?うそー。」

「ミホちゃん、運転免許の試験受かったってメール来た!」
「ほんとー?じゃあみんなでお祝いに行かなくっちゃ♪」
「あはは、でもミホちゃんち皿と箸ないから、各自持参しなきゃダメだよ!」
「一回とみちゃんちの“座敷風呂”見てみたくってさー。」
などとお喋りしていたら、仕事が終わってから、「で、何時に行けばいい?」と言われた。
え、本気で言ってたの!?(@_@)

そして、それぞれが忙しい主婦でもありながら、その夜みんな本当に来てくれたのだ。
各自が山盛りの手土産を持って。
仕事をしながら「ひろちゃん(私)のいる間にまたピザを焼きたいから、うちに遊びに来て」と言ってくれたお母さん、「実は明日にはもう帰らなきゃ」と言ったら、きのこのおいしい手作りピザを焼いて持ってきてくれた!大好きなにんじんジュースと一緒に。
隣町の網走まで行って、ケーキを山ほど買ってきてくれたお母さん。
ビールやいろんな食品を持ってきてくれたお母さん。
小清水の名物お菓子や大量の食料、ネズミ対策の空き缶(食品を入れる)を持ってきたお母さん。
みんなでわいわいの祝賀会を催したのだった。
とみちゃん大感激!私もどさくさでラッキー♪
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次の日は朝7時半から大根手抜き(場所や条件によって、ハーベスター(収穫機)を使ったり、手作業になったりする)、とのことだったのだが、お喋りに盛り上がり、みんな夜11時過ぎまでいてくれた。
いや~、楽しかった!!
写真は、「細く見える角度に立たなきゃ!」と言ってナナメに立っているみなさま(笑)

「おばあちゃん」と呼んでいた、親分のお母さんにも、とってもお世話になった。
働いた最初の年は親分のおうちで昼食を食べていたので、いつもごはんを作って待っていてくれたおばあちゃんともよく話をした。
おばあちゃんの炊いたかぼちゃがすっごくおいしくて、バイト仲間の友達とハマって毎日おかわりして食べていた。喜んで食べていたら、欠かさず毎日炊いてくれた。
今回遊びに行ったら、わざわざ私のためにかぼちゃを割って、炊いて食べさせてくれた。
おいしかったし、何よりも嬉しかった。
5年前に札幌に帰ってからおばあちゃんに送った、ユニクロのボアスリッパ。今も「いたましくて(もったいなくて)使ってない」んだって。使ってよー。

前に会った時は小学生や中学生だった子供たちがみんな、それぞれの個性の方向まっしぐらに(笑)立派に大きくなっていたのにも感激。
ナマイキぶった口調で親やじいちゃん、ばあちゃんに突っかかるのだが、それでも昔ながらの気持ちの優しさが滲み出ていて、なんだかとっても可愛い(^o^)
一番下の女の子がすごくかわいい女子高生になっていたのにも仰天!(@_@)
真ん中の男の子も、トラクターをブイブイ運転したり、大事な戦力になっている。ムズカシイお年頃っぽいが、やっぱり子供の頃と同じ無邪気さと優しさをちゃんと持っている。
一番上のお兄ちゃんはもう大学生!思ったとおりの音楽系ハンサム君に育っているわVv
あ~みんなの写真とれなかったよ~!

翌日はもう札幌に帰る日。
朝、出発前にみんなに挨拶をしてから行こうと思っていたのだが、どしゃ降りの中遠くの畑で大根抜きをしているらしく、親分の家(選別工場と畑がある)に行ったが、留守番のおじさんのほかは誰も見当たらなかった。
残念すぎる。とみちゃんの写真なんて一枚も撮ってないし(-_-;)

がらんとしたD型ハウスの中。雨がどしゃどしゃ降っている。
仕事中だったらすごく忙しいし、悪いけどと悩んだが、親分の携帯に電話をしてみた。
「箱でも作って待ってろ。」
「いや、もう、行かなきゃならないから…。」
「そうか。まだしばらくかかるから。みんなにはよろしく言っておくよ。」
「はい。………」
久しぶりに会えて嬉しかったです、もっと沢山ゆっくり話せればよかったなぁ、今日は体調良くなりました?今年の大根はどうですか?色々とありがとう。埼玉で、神奈川で、O町で、すぐにへこたれて泣き言を言いまくる私に気を配ってくれて、助けられました、ありがとう。

いろいろ言いたかった言葉があって、言おうと思って口を開いたら涙が出そうになった。
口をあけたまましばし黙り込んで、やっとのことで2、3言お別れの挨拶をして、電話を切った。
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またね、タロウ。

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またね、ねこ。
by ushimaton | 2006-10-13 13:23 | ともだち&チビッコ

山越えて人に会う

なんか毎日何やかやと昼間忙しく、夜はホタテ時間を引きずって早くに睡魔に襲われる。
内容が古くなる~!
しかもPCの調子が悪くて書いている途中で消えるし(T-T)


てっくらてっくら、知床峠を歩いていたとき。
地図を見て「小腸みたい」と感想を漏らしたぐにゃぐにゃの登り道は歩道もなく、木も茂って見晴らしがイマイチなので、深いカーブになると道路を渡ったりしてカーブの外側を歩くようにしていた。
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で、道路を渡ろうとクルッと後ろを向いた時、ゆっくり静かに近づく存在があったことに気がついた。
自転車旅行者だ!
荷物をいっぱいに積み、一番軽いギアでゆっくりこっちに登ってくる。

つい、追い抜かれるときのお互いの挨拶の後、「頑張ってください。」と声をかけた。
お兄さんは懸命に自転車を漕ぎながらその言葉を聞いて、ちょっと笑いながら、「あなたも頑張ってください。」と返事をくれた。
あ…そうか。
きっとお互いに相手を「うわ、よくやるなぁ」と思っていたに違いない(笑)

結局、結構早い時間に下まで降りてこられた。
やるじゃん自分!?登山、いけるんじゃない?
なぜか私の周りには山女・山男の友達が多い。そよちゃんも、ほくほくも、のりぴょんも、とみちゃんも、山岳部とかワンゲルとかでテントを背負って山を歩き回っている。うしおばさんカウベルさんも、コメントで「知床連山縦走」とかワンゲル的冒険の事とか心ときめく事を書いてくれていた。
夢の「○○縦走登山」、いけるかも!

…が、翌日になってすさまじい筋肉痛で悲鳴を上げた。
縦走だとかする人々は、こういう状態でも今日も明日も連続で山を歩くわけだ。
無理。
テントを背負って山登る奴はバカだ!(爆)

民宿は、同じ職場だったKさんのご実家にお世話になることになっていた。
行ったら、Kさんにそっくりなお父さんが出てきた。はにかみ気味だけど優しさがにじんでくる感じで、なんだか良かった。
日帰り温泉に行って帰ってきたら、Kさんが鍵を持って奥から出てきた。
「あれ、実家に戻られてたんですか?」と危うく話しかけそうになったが、よく見たらKさんと微妙に違った。ご兄弟に違いない(笑)

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ここに来たら行きたい所があった。
『アトリエ夢民(むーみん)』というお土産屋さん。経営しているのはわりと若いご夫婦で、手作りの木彫り品を中心に置いた小さな店だった。
6年前に来た時何気なく立ち寄り、いろいろとそこのご主人とお話をして、小さなお守りを買ってモンゴルの友達の誕生プレゼントに送った事があった。
ただそれだけで、お店も飛びぬけて素晴らしい!という印象があったわけでもなかったのだが(笑)、こういう工芸品を欲しいと思った時、どうせ買うならここにしたいという思いがあった。
ただビジネスとして作られたものをお守りにするよりは、彫った人の心がこもっているのがわかっている品が欲しかった。まー自己満足やね(^^;)

で、観光案内所で場所を聞いてみたら、「3年くらい前、道路の拡張工事でお店がなくなっちゃったんですよ。」とのこと。え~~(T_T)
「でも第一ホテルの中に出店しているみたいですよ。」と言われたので、大きな観光ホテルに行ってみた。ホテルの人に聞いて、少し奥まったところの小さな木彫店に行ってみた。
「ここに“アトリエ夢民”さんのものがあると聞いたんですが…」と話しかけたら、なんと夢民さんの奥さんが店番をされていた!
4軒の木彫屋さんの作品を置いて、交代で店番をされているのだそうだ。確率4分の1で夢民さんに会えたなんて!
「ありがとうございます。ここに出店してしばらくは、週に1回くらいそう言って訪ねて下さる方がいらっしゃったんですよ。お店を出している時はあまり意識しなかったんですけど、本当にありがたいです。」
しばらくの間、色々なおしゃべりをしまくった。高い一点モノを買うようなお客でもなんでもないのに、こうやって大事にしてくれるのがやっぱり嬉しい。人を惹きつけるモノがある人には、それに呼応する人が「なんとなく」集まるのかもしれない。
次に行くときはお店できてるかなぁ?

f0032403_10414933.jpg海に面した素敵な眺めのお部屋で一泊して、素泊まりだったのに朝食をご馳走になり、翌日も予定満載だったので朝のバスでもう出発。
その前に大急ぎで、筋肉痛のロボット歩きのくせに、つい港に飛び出した岩に登ってきた(^^;)

バスだとあっという間に半島を走り抜けてしまう。
道路の片側にずっと見えていた海がついに見えなくなり、丘と畑の風景が広がってきた。
あー、なつかしい景色。そうだ、斜里だ、小清水だ。
ちょっと物寂しいやら懐かしくてウキウキするやら、忙しい自分だった(笑)
by ushimaton | 2006-10-10 23:28 | 旅のそら


気が小さいのに、珍しいものは好き。 道草を喰って、たまに反芻したり。 牛歩ではありますが。


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