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また 会えないの?

仲間が、突然、亡くなってしまった。

二月前に一緒に石巻入りして、途中で帰ったものの、また来てくれて、色々な時期を一緒に過ごした、本当にかけがえない仲間。

北海道で、突然の交通事故。



受け入れがたい。

頭と心が蓋をしている。

油断すると涙が漏れ出てくる。

そんなことしていられない。

何十人の人たちが毎日電話をかけてくる。待っている。

「目の前で弟が“助けてけれ!”と叫びながら水に呑まれていった」
そんな経験を話す人々に、仲間がいなくなったのを言い訳に暗い顔を許してもらおうなんてできない。



ここにいると、佐竹さんはすぐにひょいと帰ってくる気がする。

だから、そういうことにしとこうか。

だって、あんなに笑って笑って本当に楽しくいい時間を山ほど作り出したあの人が、もう来ないなんて、認められないもん。


ありがとうありがとうありがとうありがとうありがとう。

頑張って早く立ち直ります。

泣かないよ。
だけどいつもいつも思い出してる。


きっとまた会える。
そういうことにしとく。


この街でまだやっていく私に、その突然の報せをもって、色々教えてくれている。
by ushimaton | 2011-05-30 23:36 | 東日本

やまがた

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とにかく一日中忙しい。
朝5時半に起き、ごはんを食べながら1日の段取りとミーティングの準備をして、6時半には他団体の皆さんとのミーティングに出発(最近は移送が早いので欠席したりもする)。
早い移送は6時台には出発。
お昼も食べずに走る場合もあり、移送が落ち着くのが大体夕方の6時くらい。
夜7時には全体ミーティングに出て、戻ってから翌日の配車と打ち合わせと準備、札幌にレポートを打ったらもう夜中の12時過ぎ。
週に一度メンバーがほとんど丸ごと入れ替わるので、また新たに街の概要や活動の説明からスタート。
の、繰り返し。

母の日と、友人達の誕生日を忘れた。
ほんとごめんね。

人間にはいつも恵まれているので本当にありがたい。
引き継ぎ係として長く残っている私が一番何も出来ないへっぽこですねん(笑)


次の月曜日から大幅に人手が足りなくなる。
「6月後半まではずっと人手不足だから、今のうちに休みなさい!!」
と、皆さんに言っていただき、土日で山形にリフレッシュに来ております。
昔からの仲良しで、今まで一緒にやってきた友達のえりちゃんが連れてきてくれた。
山寺を歩き、ずんだ団子を食べ、温泉に入った。
1ヶ月以上もずっと一緒に寝泊まりし、一緒に活動しているのに、普通に二人でお喋りする暇が皆無だったので、すごく嬉しい時間。
もっともっと一緒に話したかったな。


依頼がめちゃめちゃ増えたので、電話応対と配車などで一日中拠点の中にこもる人間が必要になった。
そんなわけでこの2週間ばかりは、私は朝晩のミーティング以外はびっちり拠点にこもりっきり。
街の様子わかりまへん(笑)

その前の1ヶ月は、「種まき」の時期。
300枚以上の名刺があっという間に消えていき、あちこち走り回り、他団体とも連携をお願いし。
それらがどかんと大爆発して発芽して、今は朝から晩まで電話応対の日々。


レラも変わっていく。
街も、ようやく、変わってきた。
変わらない部分、遅れている部分もたくさんたくさん残しながらも。

先日、国土交通省の方々のヒアリングがあった。
私たちと話をする前に、市内のタクシー会社やバス会社の人々と話をしてきたそうだ。

「タクシー会社さんと重なるような送迎もされているんですか?」
言葉の端々に、タクシーの邪魔をしてくれるな、という懸念をあらわしながらの質問の数々。

私たちは、車椅子の人や寝たきりの人も運べる福祉車両を使ってはいるが、健常者であっても送迎は行っている。
被災の規模があまりにも大きく深く、誰もが本当に困っているから。

タクシーもバスも、私が来た頃はまだまだ全然動き始めておらず、「12台のうち10台が流された」などという話もよく耳にした。
タクシー会社には長蛇の列ができ、「心臓の手術にいくために電話でタクシーを呼んだが、3時間待ってもまだ来ない」といって雨に濡れながら待っている人がいる、と電話をもらったりした。
街の細い道はほとんど瓦礫や家具で通れず。

「いつか、タクシー屋さんに“営業妨害だ”と言われる日が来たらいいね。早くタクシー屋さんがしっかり復活したらいいね。」
そう話すくらいに復興は遠く。

少しずつ、街の中は状況が変わって来た。
ただし、本当に“街の中”だけだけど。少し市街地を離れた地区に行くと、被災直後とほとんど変わっていない。その落差は広がり続けている。
街中のタクシーは数が増えた。
バスも復活してきた。

「タクシーの邪魔をしてくれるな」
そんなふうに言われる時が、私たちの引き際かもしれない、と思っていた。

だけど。

国交省の方々に、私はこうとしか答えられなかった。
「タクシーは増えてはきましたが、実際、皆さんは避難所だとか壊れた自宅の2階だとかで暮らしていて、仕事も見つからず、収入もなく、まだ義援金は1円も貰えていない、という状況は、被災直後と全く変わっていないですよね。
そういう方達に、『タクシー屋さんあるからタクシーを使って下さい。』とは、まだ、私は、言えません。」

言えないんです。
10円20円を数えて生活している人に、着のみ着のままでようやく生き延びた人に、「タクシーあるじゃないですか」なんて。
どうして、そういう人々を大切にするべき国家というものが、そういう人々をさらに苦しめる方向性を示せるんですか。

そういう話をきいてすぐに「どこそこの政権が悪い。」「誰それの責任だ。」と他人のせいにしてばかりいる、あなたたちが私たちが、何より悪いんです。

「テレビで『一人じゃない』『みんなそばにいる』と言っているけれど、今欲しいのは言葉じゃない。誰もそばにいない。今欲しいのは明日生活するためのお金。何ヶ月も後に貰える10万円ではなく、明日貰える1万円。」
そういう人に、病院に行って帰って1万円のタクシー代を、どうしたら「払って下さい」と言える?

人工透析や、遠くの避難所からの通学の送迎を毎日いくつか行っている。
そういう命を預かる送迎を、ボランティアが未来永劫丸ごと受けることは出来ない。
「そこのところを行政に何とか考えていただけませんか」
と聞いたところ、
「通学は文科省、透析は厚労省の管轄です」
とのことだった。
文科省や厚労省の管轄だから、文科省や厚労省にその話をしてくれるのだろうか?
管轄が違うから関係ないからそのまんまなのだろうか?


街が変わっていく。
人が変わっていく。

私たちも、変わりながら、動いていかなくては。


誰のために何をしているのか?

揺るがないものを揺るがせずに抱えながら。



これからまた帰ります。あの街へ。
by ushimaton | 2011-05-22 12:38 | 東日本

今日もがんばろ〜

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数日前から本部への報告メールを打つ係なもので、自分のブログ記事まで全く手が回りません。
報告メール打ちながら撃沈してしまったり(汗)

ブログとはちょっと書き口は違うけど、同じように私が書いた現場の声ということで、こちらのブログも見て下さい。

http://blog.canpan.info/attend/index/

岩手などからの報告もあるようです。
自分もあまりみられていないのですが(^^;)

移送が増えに増え、今週は私はずっと拠点にこもりっきりでこーでぃねーと係になっており、写真もなし(笑)
少し前に撮った仮設住宅の写真。
すでに人が住んでます。
まだまだ足りない。
川っぷち。
堤防の向こう側の河辺には、家の二階部分が打ち上げられている。
by ushimaton | 2011-05-15 06:36 | 東日本

近所のおばあちゃん

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近所のお宅の独り暮らしのおばあちゃん、津波の水が来たとき、ふところにチワワ抱えて茶ダンスの上に登って、3日間そこでガタガタ震えてたんだって。
自衛隊のボートで助けられてしばらくどこかで過ごして、何週間もたってようやく家に戻った。

大津波警報鳴ったとき、外で飼ってる芝わんこを、隣の空き家の高い場所に結わえ付けたんだって。
その後、水が来て、自分も飲まれて助けられて。
それからずっと帰れなくて、だからもう絶対死んでると思って、誰にも犬の事を言えなかったんだって。

そしたら、ようやく家に戻って隣の空き家を見に行ったら、わんこ生きてたんだって!!

抱きしめて泣いたって。



だけどもう、おばあちゃんここには住むのをやめて、遠くの家族の家に引っ越すことにしたんだって。


でも、犬は連れていけないんだって。

まだ新しい飼い主も見つからないまま。
このままだと…。


切ない切ないお話。
同じような境遇の人、たくさんいる。
by ushimaton | 2011-05-10 22:59 | 東日本

ことのは拾遺

移送という活動に携わらせていただいている関係上、車の中での、お乗せした方との会話の時間などがある。
人の心をほぐすすてきなワザを持っているメンバーの方達は、車の中で目いっぱいの笑顔を作り出す。
すごいなあ。
旦那さんの入院が決まり、自分は一人、真っ暗闇の壊れたおうちの2階に戻らなくてはならないお母さんが、車の中で笑い声を上げる。
お誕生日の女の子を乗せたときは、車中と無線を使ってハッピーバースデー。
ほんのつかの間でも、不安に心を持って行かれない時間。
何度かご一緒した方は、段々いろいろな事を話して下さるようにもなる。

誰もが大きなダメージを受け、それを抱えて生きている。
ああせめてあなたが生きていてくれてよかったね、そんな言葉をかけたくなる。

足の悪いご夫婦。
大津波警報の中、遠くへ逃げることもままならず、迫る水に追い立てられるように、近くの家の戸を叩いた。
「助けてください!って。そしたら、みんな避難したおうちだったみたいで、鍵を開けていてくださったんですよね。それでどなたかは分からないけどお邪魔させていただいて、二階に上がっている間にどんどん水が来て、そのお宅の2階にしばらく閉じ込められていました。あのおうちが開いていなかったら、私達助からなかったね。」
そんな瀬戸際の状況になっても、決して一人がもう一人を置いて行くことなく、共にいたご夫婦。
それだけで、胸がいっぱいになる。

地震の直後に大型スーパーの屋上に避難して、屋根の上から流されていく人々を見るしかなかったという方達。
一人の女性が悲鳴を上げながら流れてきて、たまたまそのスーパーの一部に引っかかったのを見て、屋上にいた男性数名が水に飛び込み、女性を助け上げたという。

大津波警報のサイレンを聞き、逃げようと夫を引き起こした時に家に水が流れ込んできたという老夫婦。
そのまま水は天井近くまで上がり、二人は水を飲み込みながら何時間も家の中で天井近くに浮かんでいたという。
その時に飲み込んだ水がもとで体を壊し、通院中だった。

施設が水に飲まれ、寝たきりのおじいさんが間に合わず流された。
職員が叫ぶ中、なんと、そのおじいさんは、泳いだのだという。
自力で泳いで職員のもとまでたどり着き助かった。
やせてもかれても石巻の海の男。すごすぎる。

自宅の2階で、家の中を流れ去っていく水や車に途方にくれ、様子を見ようと上から覗き込んだところ、1階のカーテンに小学生の女の子が必死にしがみついていて、それを引き上げたというお話。

書きつくせないさまざまな思い、記憶。
「こんなすごいことあったんだって」と言いたいわけではない。
いや、ある意味ではそうだとしても、とにかく知って欲しい。
「もう震災の話はうんざり」と言ってテレビのチャンネルを変え、バラエティーを見るのもいいだろう。
だが、もううんざりと言って目を背けようが、そこに人は生きている。
笑って元気に過ごすことはとても大切。
笑いながら、忘れないで欲しいと思う。

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「写真に撮っていってください、私達がどうやって寝ているか、避難している場所がどういうところか。」
ベッドをお届けした、体の不自由なお父さんに言われて、撮らせていただいた。
「私は津波のときは入院していたんですが、家族はここ(今は避難所になっている自宅)から離れた地区で被災しまして、3日間かけて山の中を歩いてたどり着きました。」
「夜になっても、暗闇の水の上から、人の声が聞こえていました。でも朝になったら静かになっていました。もっと暖かい季節だったら違ったかもしれませんね。」



避難所からの買い物送迎をしたお母さんは、おそらく私と同年代くらいで、ものすごくパワフルでエネルギッシュだった。

「やっぱりね、ボランティアの人たちは、私達とは違うんですよ。帰る場所があるんだもの。私ね、ボランティアの人たちには、『あなた達は勉強のために来ているんですもんね。』って言うんです。私達にとっては生きるか死ぬかの生活の場だけど、ボランティアさんにはそうではないんです。」
「………。」
「そうでしょ、ほとんどのボランティアさんの気持ちのどこかには、“見たい"っていうのがあるでしょ。観光って言ってはなんだけど、壊れてめちゃくちゃになった街を見てみたい、って気持ちはあると思うのね。だから、そういう人たちの、今後の勉強になればいいのかなって思うんです。」
“違う"とかなんだとか、うわべを撫でるような返事をしたくなくて、私は頷きながら聞いた。
「被災者の人たちの役に立ってる、何かしてあげてる、って、思ってるけど、本当は被災者のためじゃないっていうか…。」
その違和感、私も良く分かる。私自身が同じような気持ちを抱くときがある。
ボランティアが、他所から来ている人が、被災者と同じような境遇ぶったり、気持ちが分かるようなことを言ったり、それって実はなんか違うのかもしれない。
私が、「どんどん利用しちゃえばいいんですよ。ボランティアの人たちの自己満足を。“被災者の為に何かしてあげてるー”って浸っているボランティアだって実際役に立っている部分もあるから、勘違いされてるんだとしても、こっちはこっちで、使っちゃうんでいいと思いますよ。」
そう言ったら、いきなりそのお母さんが身を乗り出して私の手を握った。
「あなた、お名前、何ていうんですか!?これからもよろしくお願いします!」

別れ際、思わず私の口から出た言葉。
「また、…遊びましょうね。」
お母さんもニヤリと笑って、
「遊びましょう。」
と言った。

ボランティアは、被災者に「何かしてあげる」という立場であるものだというアタマをぶちこわす出会い。
無意識に潜む「してあげる」「してもらう」の優劣意識のようなもの。
たまたま被災した人とそこにやってきた人というだけなんだ、ということ。

勘違いヤローどもを、どんどん利用しちまってください。被災地の皆さん。

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今夜の夜行バスで、戻ります。
by ushimaton | 2011-05-04 18:58 | 東日本大震災

知っているから

ちゃんとした記事がなかなか書けぬまま、ごーごー流されるみたいに毎日が過ぎていってしまうので。
小休止中の今、ちょっとまとまった記事を書こうかと思う。


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私が今、お手伝いさせていただいているのは、札幌の障害者福祉団体がメインになっているグループ。
市内の方が善意で貸して下さったお宅に拠点を置いている。

活動内容は、移送。
震災で、とても多くの人たちが車を失った。
電車も止まったまま。
そういう、移動する術を失った方達の通院や入浴、買い物などの移送をするのが役目だ。

障害福祉系団体なので、車椅子の固定できるリフト車、ストレッチャーのついた救急車をメインに走っているのだが、移送する対象は今のところ限定は無く、被災されて移動する術を持たない人なら誰でも送迎している。

車も人も足りなくていっぱいいっぱいですわ(+_+)

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震災後1mだか地盤沈下したとかいう話もあり。
今現在、最も頭を悩ませているのは道路状況だ。
大潮の満潮時前後、そしてちょっとまとまった雨が降ったとき、道路がたちまち水没してしまう。

これから気温もどんどん上がる。
雨が降れば街中、潮の淀んだような空気が立ちのぼる。
被災したお宅の中には、まだ津波のときに運ばれた魚がごろごろしたまま、というのも珍しくない。
そんなところに帰っていく人々も、珍しくない。
これ以上ないくらい、様々な意味での危機的環境。

それが、震災から1ヵ月半も経過した今現在の状況だ。

少しずつ回復はしている。
重機が動き道を開け、人の手が泥を掻き出す。
果てしないようだけど、少しずつ少しずつ。



報道と現地のギャップについて。

口にする人々が増えてきている気がする。

津波の水をかぶっていない地域は、電気製品も使えるしテレビも普通に見ているが、今でもテレビどころか水も電気も何も無い生活の人々も沢山いる。
私達もテレビを見ない生活をしているが、ちらほら聞こえてくる話とここの生活の食い違いが気になるときもある。

たとえば物資について。
倉庫に山積みになっていて、あふれかえって困っているという話。
半分は本当、半分は間違い。
確かに物資庫にはいつもダンボールがうず高く積み上げられている。
避難所によっては、過剰供給気味なところもある。
だが、そうでないところも、たくさんある。
すべてに均等に行き渡らせられるほどの情報や秩序がまだ無い。
衣類を持って避難所の階段を上っていると後ろから人々が付いて来て、所定の場所に置くと同時に人だかりで持っていくところもある。

避難所ではなく個人宅はもっと状況は深刻だ。
たまたま車を止めて荷下ろししているところに、それを窓から見つけて「何かいただけるんですか?」と近所の人が急いで出てきたこともあった。
見ると、以前、寝たきりのお婆さんをお風呂に連れて行く入浴介助つきの移送をしたお宅のお母さんだった。
このエリアは、1階は津波でめちゃくちゃになっていて、一部の人々は避難所から戻って2階に住んでいる。
「おばあちゃんはその後いかがですか?」
「それが、入院したの。ある朝起きたら、おばあちゃん全く何にも反応がなくなってしまっていて、あわてて救急車呼んでね。」
その時荷下ろししていた移送先のお宅のお父さんも、栄養失調で入院したところだった。

物資そのものの片寄りもある。
ガーゼはあっても、ガーゼをとめる紙テープが足りなかったり。
寒い時期だったというのもあり、防寒着は山のようにある。
だがこれから必要なのは、薄手のシャツなどになるだろう。

値札やタグなどは、ついているほうがいい。
古着かどうなのか分からないものより、新品だと分かるから。
「そんな贅沢言うな」などと言う人は驕っている。と思う。暖かさ以上に自尊心を削り取っていく。同じ古着だとしても、心をこめて入れてくれた人なら、そんな風には考えないはずだ。

今や、生きて行くために必要、だけでなく、心身を健やかに生活していくための物が必要な段階だ。
シャンプーや石鹸はあるが、ボディスポンジや化粧水が足りない。化粧品はほとんど無い。
必要ないかい?そう思う?

私は幸いにも(?)テレビやネットニュースなどをほとんど見ていないから知らないが、「ボランティアが多すぎて迷惑がられている」というような報道もたまにあったりするようだ。
確かに、石巻は特にボランティアが多い。
だが、必要以上の人間がいて困っている、というのはちょっと違う。
日本中の人間が全員一度は手伝いに来てもいいんじゃないかと思えるくらいに、被害のレベルはとてつもなく大きい。
そして、地元のほとんどの方達が、災害支援に来ている自衛隊やボランティアにとても親切であたたかい。
そんなに気にしないでもらいたいくらいに感謝されてしまったりする。
だから「地元の人たちに迷惑がられている」という話は、ものすごく、地元の人に失礼だ。
ここの皆さんは、そんなひねくれて小っさな人間じゃない。
義理堅く情に篤く、辛抱強い。
一方で、ボランティア顔しながらお気楽キャンパーみたいな人たちも確かにごく一部紛れ込んでいる。
場所取りして酒盛りしてゴミを散らかして。
どんなに人手が必要でも、そういう人たちの手ならいらない。
「ボランティアです」と言って瓦礫撤去などをして最後にお金を要求する詐欺も発生している。
(要注意!即110番を!!)



周りで何を言われていても。
私達は、知っているから。
ここの人たちの優しさを。私達をどんどん焚きつける、心からの感謝を。涙を。
だから、びっくりするくらいに揺るがない。
もっともっとやらなきゃ、と思うばかり。


「がんばろう」という言葉は、内から湧き出てくるものでなければならない。
自分で自分を、同じ境遇の仲間を、鼓舞するために発したときに初めて、その言葉は力になる。
「あなたたち、がんばってね」の「がんばろう」は、言わなくていい。
がんばっている人たちを苦しくさせるだけだから。

色んな形の応援もあろう。
ミュージシャンがライブしたりアーティストが絵を描いたり会社員が仕事きっちりこなしたりお母さんが子供を守ったり。
政府の予算がいくらとか。物資が多いの少ないのとか。
ただひとつだけ。
人々がどんどん弱ってきている。
一ヶ月以上の、固い床での集団生活に。
今現在、布団を敷いて眠れていないすべての人に、せめて体の弱い人やお年寄りなどに、敷布団を差し上げることって、難しいことなんだろうか?
ただそれだけで、病気になって病院に運ばれる人の数はずいぶん減るんじゃないか、と、私は思うのだけど。
どうなんだろう。


まったくつたないながら、思ったことをすこし書いてみました。
一週間後には違うこと思ってる可能性もあり(笑)

昨日からホント一日中二日中眠っております。
睡眠の借金を返したら、明後日にはまた舞い戻りまっする。
by ushimaton | 2011-05-03 21:55 | 東日本大震災

ちょっと一息

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GW中は人手が増えるので、そしてGW後は人手がガバッと減ってピンチなので、今のうちに3日間ばかし小休止することにした。

と決めて、夕方にチケット取って、現在仙台駅。

夜行バスで神奈川県のいとこの家に行ってマッタリしてきます。

寝て、洗濯して、風呂に入るのだ!
by ushimaton | 2011-05-01 23:27 | 東日本大震災


気が小さいのに、珍しいものは好き。 道草を喰って、たまに反芻したり。 牛歩ではありますが。


by ushimaton

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 生まれと育ちは北海道

 震災被災地にお手伝い
 行っております

 コメントの返事が
 とどこおりがちですが、
 嬉しくありがたく
 読ませていただいています

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