カテゴリ:東日本大震災( 55 )

近所のおばあちゃん

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近所のお宅の独り暮らしのおばあちゃん、津波の水が来たとき、ふところにチワワ抱えて茶ダンスの上に登って、3日間そこでガタガタ震えてたんだって。
自衛隊のボートで助けられてしばらくどこかで過ごして、何週間もたってようやく家に戻った。

大津波警報鳴ったとき、外で飼ってる芝わんこを、隣の空き家の高い場所に結わえ付けたんだって。
その後、水が来て、自分も飲まれて助けられて。
それからずっと帰れなくて、だからもう絶対死んでると思って、誰にも犬の事を言えなかったんだって。

そしたら、ようやく家に戻って隣の空き家を見に行ったら、わんこ生きてたんだって!!

抱きしめて泣いたって。



だけどもう、おばあちゃんここには住むのをやめて、遠くの家族の家に引っ越すことにしたんだって。


でも、犬は連れていけないんだって。

まだ新しい飼い主も見つからないまま。
このままだと…。


切ない切ないお話。
同じような境遇の人、たくさんいる。
by ushimaton | 2011-05-10 22:59 | 東日本

ことのは拾遺

移送という活動に携わらせていただいている関係上、車の中での、お乗せした方との会話の時間などがある。
人の心をほぐすすてきなワザを持っているメンバーの方達は、車の中で目いっぱいの笑顔を作り出す。
すごいなあ。
旦那さんの入院が決まり、自分は一人、真っ暗闇の壊れたおうちの2階に戻らなくてはならないお母さんが、車の中で笑い声を上げる。
お誕生日の女の子を乗せたときは、車中と無線を使ってハッピーバースデー。
ほんのつかの間でも、不安に心を持って行かれない時間。
何度かご一緒した方は、段々いろいろな事を話して下さるようにもなる。

誰もが大きなダメージを受け、それを抱えて生きている。
ああせめてあなたが生きていてくれてよかったね、そんな言葉をかけたくなる。

足の悪いご夫婦。
大津波警報の中、遠くへ逃げることもままならず、迫る水に追い立てられるように、近くの家の戸を叩いた。
「助けてください!って。そしたら、みんな避難したおうちだったみたいで、鍵を開けていてくださったんですよね。それでどなたかは分からないけどお邪魔させていただいて、二階に上がっている間にどんどん水が来て、そのお宅の2階にしばらく閉じ込められていました。あのおうちが開いていなかったら、私達助からなかったね。」
そんな瀬戸際の状況になっても、決して一人がもう一人を置いて行くことなく、共にいたご夫婦。
それだけで、胸がいっぱいになる。

地震の直後に大型スーパーの屋上に避難して、屋根の上から流されていく人々を見るしかなかったという方達。
一人の女性が悲鳴を上げながら流れてきて、たまたまそのスーパーの一部に引っかかったのを見て、屋上にいた男性数名が水に飛び込み、女性を助け上げたという。

大津波警報のサイレンを聞き、逃げようと夫を引き起こした時に家に水が流れ込んできたという老夫婦。
そのまま水は天井近くまで上がり、二人は水を飲み込みながら何時間も家の中で天井近くに浮かんでいたという。
その時に飲み込んだ水がもとで体を壊し、通院中だった。

施設が水に飲まれ、寝たきりのおじいさんが間に合わず流された。
職員が叫ぶ中、なんと、そのおじいさんは、泳いだのだという。
自力で泳いで職員のもとまでたどり着き助かった。
やせてもかれても石巻の海の男。すごすぎる。

自宅の2階で、家の中を流れ去っていく水や車に途方にくれ、様子を見ようと上から覗き込んだところ、1階のカーテンに小学生の女の子が必死にしがみついていて、それを引き上げたというお話。

書きつくせないさまざまな思い、記憶。
「こんなすごいことあったんだって」と言いたいわけではない。
いや、ある意味ではそうだとしても、とにかく知って欲しい。
「もう震災の話はうんざり」と言ってテレビのチャンネルを変え、バラエティーを見るのもいいだろう。
だが、もううんざりと言って目を背けようが、そこに人は生きている。
笑って元気に過ごすことはとても大切。
笑いながら、忘れないで欲しいと思う。

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「写真に撮っていってください、私達がどうやって寝ているか、避難している場所がどういうところか。」
ベッドをお届けした、体の不自由なお父さんに言われて、撮らせていただいた。
「私は津波のときは入院していたんですが、家族はここ(今は避難所になっている自宅)から離れた地区で被災しまして、3日間かけて山の中を歩いてたどり着きました。」
「夜になっても、暗闇の水の上から、人の声が聞こえていました。でも朝になったら静かになっていました。もっと暖かい季節だったら違ったかもしれませんね。」



避難所からの買い物送迎をしたお母さんは、おそらく私と同年代くらいで、ものすごくパワフルでエネルギッシュだった。

「やっぱりね、ボランティアの人たちは、私達とは違うんですよ。帰る場所があるんだもの。私ね、ボランティアの人たちには、『あなた達は勉強のために来ているんですもんね。』って言うんです。私達にとっては生きるか死ぬかの生活の場だけど、ボランティアさんにはそうではないんです。」
「………。」
「そうでしょ、ほとんどのボランティアさんの気持ちのどこかには、“見たい"っていうのがあるでしょ。観光って言ってはなんだけど、壊れてめちゃくちゃになった街を見てみたい、って気持ちはあると思うのね。だから、そういう人たちの、今後の勉強になればいいのかなって思うんです。」
“違う"とかなんだとか、うわべを撫でるような返事をしたくなくて、私は頷きながら聞いた。
「被災者の人たちの役に立ってる、何かしてあげてる、って、思ってるけど、本当は被災者のためじゃないっていうか…。」
その違和感、私も良く分かる。私自身が同じような気持ちを抱くときがある。
ボランティアが、他所から来ている人が、被災者と同じような境遇ぶったり、気持ちが分かるようなことを言ったり、それって実はなんか違うのかもしれない。
私が、「どんどん利用しちゃえばいいんですよ。ボランティアの人たちの自己満足を。“被災者の為に何かしてあげてるー”って浸っているボランティアだって実際役に立っている部分もあるから、勘違いされてるんだとしても、こっちはこっちで、使っちゃうんでいいと思いますよ。」
そう言ったら、いきなりそのお母さんが身を乗り出して私の手を握った。
「あなた、お名前、何ていうんですか!?これからもよろしくお願いします!」

別れ際、思わず私の口から出た言葉。
「また、…遊びましょうね。」
お母さんもニヤリと笑って、
「遊びましょう。」
と言った。

ボランティアは、被災者に「何かしてあげる」という立場であるものだというアタマをぶちこわす出会い。
無意識に潜む「してあげる」「してもらう」の優劣意識のようなもの。
たまたま被災した人とそこにやってきた人というだけなんだ、ということ。

勘違いヤローどもを、どんどん利用しちまってください。被災地の皆さん。

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今夜の夜行バスで、戻ります。
by ushimaton | 2011-05-04 18:58 | 東日本大震災

知っているから

ちゃんとした記事がなかなか書けぬまま、ごーごー流されるみたいに毎日が過ぎていってしまうので。
小休止中の今、ちょっとまとまった記事を書こうかと思う。


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私が今、お手伝いさせていただいているのは、札幌の障害者福祉団体がメインになっているグループ。
市内の方が善意で貸して下さったお宅に拠点を置いている。

活動内容は、移送。
震災で、とても多くの人たちが車を失った。
電車も止まったまま。
そういう、移動する術を失った方達の通院や入浴、買い物などの移送をするのが役目だ。

障害福祉系団体なので、車椅子の固定できるリフト車、ストレッチャーのついた救急車をメインに走っているのだが、移送する対象は今のところ限定は無く、被災されて移動する術を持たない人なら誰でも送迎している。

車も人も足りなくていっぱいいっぱいですわ(+_+)

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震災後1mだか地盤沈下したとかいう話もあり。
今現在、最も頭を悩ませているのは道路状況だ。
大潮の満潮時前後、そしてちょっとまとまった雨が降ったとき、道路がたちまち水没してしまう。

これから気温もどんどん上がる。
雨が降れば街中、潮の淀んだような空気が立ちのぼる。
被災したお宅の中には、まだ津波のときに運ばれた魚がごろごろしたまま、というのも珍しくない。
そんなところに帰っていく人々も、珍しくない。
これ以上ないくらい、様々な意味での危機的環境。

それが、震災から1ヵ月半も経過した今現在の状況だ。

少しずつ回復はしている。
重機が動き道を開け、人の手が泥を掻き出す。
果てしないようだけど、少しずつ少しずつ。



報道と現地のギャップについて。

口にする人々が増えてきている気がする。

津波の水をかぶっていない地域は、電気製品も使えるしテレビも普通に見ているが、今でもテレビどころか水も電気も何も無い生活の人々も沢山いる。
私達もテレビを見ない生活をしているが、ちらほら聞こえてくる話とここの生活の食い違いが気になるときもある。

たとえば物資について。
倉庫に山積みになっていて、あふれかえって困っているという話。
半分は本当、半分は間違い。
確かに物資庫にはいつもダンボールがうず高く積み上げられている。
避難所によっては、過剰供給気味なところもある。
だが、そうでないところも、たくさんある。
すべてに均等に行き渡らせられるほどの情報や秩序がまだ無い。
衣類を持って避難所の階段を上っていると後ろから人々が付いて来て、所定の場所に置くと同時に人だかりで持っていくところもある。

避難所ではなく個人宅はもっと状況は深刻だ。
たまたま車を止めて荷下ろししているところに、それを窓から見つけて「何かいただけるんですか?」と近所の人が急いで出てきたこともあった。
見ると、以前、寝たきりのお婆さんをお風呂に連れて行く入浴介助つきの移送をしたお宅のお母さんだった。
このエリアは、1階は津波でめちゃくちゃになっていて、一部の人々は避難所から戻って2階に住んでいる。
「おばあちゃんはその後いかがですか?」
「それが、入院したの。ある朝起きたら、おばあちゃん全く何にも反応がなくなってしまっていて、あわてて救急車呼んでね。」
その時荷下ろししていた移送先のお宅のお父さんも、栄養失調で入院したところだった。

物資そのものの片寄りもある。
ガーゼはあっても、ガーゼをとめる紙テープが足りなかったり。
寒い時期だったというのもあり、防寒着は山のようにある。
だがこれから必要なのは、薄手のシャツなどになるだろう。

値札やタグなどは、ついているほうがいい。
古着かどうなのか分からないものより、新品だと分かるから。
「そんな贅沢言うな」などと言う人は驕っている。と思う。暖かさ以上に自尊心を削り取っていく。同じ古着だとしても、心をこめて入れてくれた人なら、そんな風には考えないはずだ。

今や、生きて行くために必要、だけでなく、心身を健やかに生活していくための物が必要な段階だ。
シャンプーや石鹸はあるが、ボディスポンジや化粧水が足りない。化粧品はほとんど無い。
必要ないかい?そう思う?

私は幸いにも(?)テレビやネットニュースなどをほとんど見ていないから知らないが、「ボランティアが多すぎて迷惑がられている」というような報道もたまにあったりするようだ。
確かに、石巻は特にボランティアが多い。
だが、必要以上の人間がいて困っている、というのはちょっと違う。
日本中の人間が全員一度は手伝いに来てもいいんじゃないかと思えるくらいに、被害のレベルはとてつもなく大きい。
そして、地元のほとんどの方達が、災害支援に来ている自衛隊やボランティアにとても親切であたたかい。
そんなに気にしないでもらいたいくらいに感謝されてしまったりする。
だから「地元の人たちに迷惑がられている」という話は、ものすごく、地元の人に失礼だ。
ここの皆さんは、そんなひねくれて小っさな人間じゃない。
義理堅く情に篤く、辛抱強い。
一方で、ボランティア顔しながらお気楽キャンパーみたいな人たちも確かにごく一部紛れ込んでいる。
場所取りして酒盛りしてゴミを散らかして。
どんなに人手が必要でも、そういう人たちの手ならいらない。
「ボランティアです」と言って瓦礫撤去などをして最後にお金を要求する詐欺も発生している。
(要注意!即110番を!!)



周りで何を言われていても。
私達は、知っているから。
ここの人たちの優しさを。私達をどんどん焚きつける、心からの感謝を。涙を。
だから、びっくりするくらいに揺るがない。
もっともっとやらなきゃ、と思うばかり。


「がんばろう」という言葉は、内から湧き出てくるものでなければならない。
自分で自分を、同じ境遇の仲間を、鼓舞するために発したときに初めて、その言葉は力になる。
「あなたたち、がんばってね」の「がんばろう」は、言わなくていい。
がんばっている人たちを苦しくさせるだけだから。

色んな形の応援もあろう。
ミュージシャンがライブしたりアーティストが絵を描いたり会社員が仕事きっちりこなしたりお母さんが子供を守ったり。
政府の予算がいくらとか。物資が多いの少ないのとか。
ただひとつだけ。
人々がどんどん弱ってきている。
一ヶ月以上の、固い床での集団生活に。
今現在、布団を敷いて眠れていないすべての人に、せめて体の弱い人やお年寄りなどに、敷布団を差し上げることって、難しいことなんだろうか?
ただそれだけで、病気になって病院に運ばれる人の数はずいぶん減るんじゃないか、と、私は思うのだけど。
どうなんだろう。


まったくつたないながら、思ったことをすこし書いてみました。
一週間後には違うこと思ってる可能性もあり(笑)

昨日からホント一日中二日中眠っております。
睡眠の借金を返したら、明後日にはまた舞い戻りまっする。
by ushimaton | 2011-05-03 21:55 | 東日本大震災

ちょっと一息

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GW中は人手が増えるので、そしてGW後は人手がガバッと減ってピンチなので、今のうちに3日間ばかし小休止することにした。

と決めて、夕方にチケット取って、現在仙台駅。

夜行バスで神奈川県のいとこの家に行ってマッタリしてきます。

寝て、洗濯して、風呂に入るのだ!
by ushimaton | 2011-05-01 23:27 | 東日本大震災

花咲く

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避難所からお風呂への移送の帰路、公園に立ち寄ったら、満開の桜を見ながら大はしゃぎで喜ばれたそうな。
桜の花の下、笑顔の合間にふと、流れ込む水から逃げながら飼い猫を助けきれなかった話をするお母さんもいたという。


「今年は全然桜を見なかったなあ。」
「本当、見る気持ちになれなかったですねぇ。」
そういう会話もよく聞こえてくる。


桜の名所の公園は、被災地区を一望できる山の上の公園でもある。
ひっきりなしに訪れる、ボランティア風味の観光客たち。


ばきばきに壊れた壁や屋根や車に囲まれて、津波に呑まれ梢の先まで海からの漂流物をいっぱいぶら下げた桜が、咲いていた。
これまでに見た桜の中で最高に美しい桜だった。


それぞれの春。
by ushimaton | 2011-04-30 23:35 | 東日本大震災

断片と出会う日々

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避難所のお年寄りを、ショートステイという一時的入院施設に送り届けてきた。

簡素な入院ベッドに横たわったお婆さんが、「ああ柔らかい」と細々した声で呟いた。
避難所では堅い床に毛布2枚で寝ていた。腰が痛く動けなくなった。肺炎を患った。
市街地を離れ、田んぼの中に建つ病院の4階。
一緒に来た旦那さんが窓の外を見て、「ここはいいな。津波も来ない。」と最初に呟いた。

まだ一度もお風呂に入っていないと。
「風呂さ入りたい。」
「熱が高いから、もうちょっと我慢しましょうね。」と先生。
ああもっと早くに知ることができていたら。

元気になりますように。



たまたま見かけて乗せた、足の悪いお爺さんが、大粒の涙をボロンボロンとこぼして、「声をかけてくれて嬉しかった。」と言った。
自分も泣けて仕方がなかった。何の涙なんだか。


涙。
誰もが、平然と日々を送りながら、本当は深い何かを抱えている。


毎日毎日、ここでの全ての出会いが、そんな断片たちとの出会いだ。
by ushimaton | 2011-04-26 05:44 | 東日本大震災

何処へ

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学校が始まる。

市内の多くの小中学校は、明日か明後日が始業式や入学式。

だが、小中学校は今現在も、まだまだ沢山の人がいる避難所でもある。

もちろん、学校は一刻も早く始めなければならない。町の人々もそれを望んでいる。
結果として、各教室にいる避難者を、体育館に集約する事になった。

だが、当たり前だが入りきらない。
計算上、およそ2千人の避難者が、入らない。
役所関係の職員が、小中学校を回って、教室から出て欲しいとお願いして回っているそうだ。

出る場所のある人は、とっくに出ている。
誰が好き好んで、教室の硬い床によその人々と一緒に住むだろうか。

ここ数日、半壊、場合によってはほぼ全壊の自宅に次々と人々が戻っていく。
一階は津波に完全にさらわれて、泥と瓦礫の吹きっさらしなので、二階に住んでいる。

この先も大きな地震がくる可能性が高いという。
今も、毎日毎日、余震が続く。
川は、不気味なくらいに水位が下がらず、常に堤防ひたひたの水が街の横に流れている。
大潮の前後、今現在も、街のあちこちがまた水没している。
今また大きな地震が来たら、瞬く間に水は溢れるだろう。
崩れかけた家は、完全に崩れるだろう。
海から来て、海岸沿いの工場群をなぎ倒して民家に流れ込んだヘドロや瓦礫は、非常に多くの有害物質を含んで、今もそこにある。

「学校のため」「子供たちのため」、それはとても大切なこと。
だが、今の状況が「これでよかった」「それしかなかった」と言えるものなのか。
私には…そうも思えなくて。
つらいっすね。

「遠くの避難所にとりあえず行けばいい」?
それも、出来る人はしたらいい。一時でも、余震もなく、あたたかな町へ。本当にそう思う。

町のとある人は、まだ息子さんが見つかっていない。遺体でも発見されたら、すぐに駆けつけたい。時間ある限り探して歩いている。だから、町を出たくないと。
そういう人々も沢山いる。
それを「仕方ないから諦めろ」とは、私には、どうしても言えない。


子供も大人も、学校が始まるのを楽しみにしている。
私たちも、わずかながらお手伝いする機会もある。
日常への第一歩。
誰もが、安らぎを、安心を、普通な日々を、求めている。

桜がついに咲き始めた。
だが昨晩は、大雪が降った。
開きかけたつぼみに降り積もる、冷たい冷たい雪。
by ushimaton | 2011-04-20 09:49 | 東日本大震災

まだまだ


まだまだ、まだまだ、日本中の、沢山の力が必要です。

でも、みんな生きてます。

それを忘れないでね。
by ushimaton | 2011-04-16 05:57 | 東日本大震災

お風呂介助

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足が悪く歩行困難のおばあちゃんの「入浴介助」に行ってきた。
避難所から、町外れの公共温泉へ連れて行ってお風呂に入れるのだ。
もちろん私は入浴介助をしたことがない。
一緒の団体の、その道のプロの女性Sさんにくっついて教わりながらの初体験だった。

着替えは、下着はあるが、洋服は今着ている分しかないというので、一揃え用意して、避難所の学校へ。
二人がかりで支えながら、教室の出口で靴をはかせる。
おばあちゃんの靴は、男もののガバガバの靴だった。

息子さんと二人の避難所暮らし。
自宅は2mの浸水だったという。
「こんなひどい目に遭って…長く生きていても何にもいいこどない。」
お風呂への道のりで、おばあちゃんはそう漏らしていた。
津波をかぶってから一度も、つまり、丸一ヶ月間お風呂に入っていないのだという。

お風呂に着いて、お湯に浸かり、Sさんは丁寧に足の先から揉みほぐすように垢を落とし、私はシャンプーで時間をかけて洗髪した。
何しろ初めてなので、洗い方もぎこちない。これでいいかな。

おばあちゃんが目を押さえて、手ぬぐいを探し出した。あやや、顔に泡が垂れてるのか(汗)
「あっ、シャンプー、しみちゃいましたか?」

おばあちゃんが、顔に手ぬぐいを押しつけながら言った。
「…泣げてきたあ…ありがたくて…。」

おばあちゃんは、入浴中、何度も何度も涙をこぼして、お風呂を有り難がった。
「生ぎてて良かったぁ」

ひと月前までは何のこともなかった、ただのお風呂。
それが、こんなにも、……。





コメント返しをしていなくてごめんなさい。
でも嬉しく読ませていただいております。
ありがとう〜
by ushimaton | 2011-04-13 22:55 | 東日本大震災

あめ

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昨日は雨だった。

雨が降ると、この状況を梅雨までになんとかしなくてはならないんだな、とヒヤリと感じる。
by ushimaton | 2011-04-10 09:27 | 東日本大震災


気が小さいのに、珍しいものは好き。 道草を喰って、たまに反芻したり。 牛歩ではありますが。


by ushimaton

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