カテゴリ:東日本大震災( 55 )

地上は星粒だらけ

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個人長期ボラスタッフのけーさんは、
車の運転がとても上手で、人とのコミュニケーション能力が高い。
まとんの弱点である事務的なあれこれや、大人社会のなんたるかなどを教え導く係(笑)
楽天的で、なんでも笑いのネタにする。
油断するとすぐにうじうじもやもやなまとんは、見習わなくてはと思う。

けーさんは、両足がない。
よく知らないけど、大人になってから、事故で切断してしまったんだって。
でも、すごく普通に義足でスタコラ歩く。
すんごい練習したんだろうなと思う。
けーさんは、昨年お母さんを亡くされた。
ようやく一周忌が過ぎたところ。

すごいなあ、と思う。
そういうものを一切振りかざさずに、被災地で、飄々とボランティア活動してる。
彼が助けているその人よりも、実は彼自身の方が多くのものを失っている、ということだって、たくさんある。

足がどうのとか、被災者と余所者の違いがどうのとか、
そんな事に大きな意味はない。
というのが彼のスタンス。


地元スタッフのヒロちゃんは、
介助や運転のセンスが抜群で、サッパリしていて、
すごく人情に篤い。
いつも、場を和ませて笑わせてくれる。
気持ちの安定しない“面倒くさい”時のまとんにも優しい。

ヒロちゃんは津波で家も何もかもなくして、
周りの人たちに
「自分のことでも精一杯なのに、なんでボランティアなんて自分がやらなきゃならないんだ」
って、あきれたり怒られたりしながら、
仮設住宅から毎日元気に通って来ている。
彼は、彼自身が助けている被災者とまったくイコールな立場であり、
同じ立場で相談に乗り、体験を分かち合いながら走っている。


同じく地元スタッフ・ハルさんは、
自分も難病かかえながら、やっぱり毎日ニコニコしていて、
れらの(巨大)マスコットキャラクターみたいになってる。

レーシングカーに乗っていたから、やっぱり運転も上手いし車にも詳しい。
根がとにかく優しいから、
やっぱりしょっちゅう利用者さんと一緒に泣きながら毎日走ってる。

「助け合っていかなきゃ」
が口癖で、
すごく頑張って、送迎の後、毎晩遅くまで会計業務をしてくれている。
震災で職場がなくなってしまって、
自分の意思と関係なく、波乱の人生に巻き込まれたけれど、
「将来性もわからず危険でハードで実入り少ない」
というろくでもない(笑)稼業に何の因果か関わってしまったのが運の尽き、
自分の病気で病院に行っては
「あっ、レラの人だ!」
と利用者さんに発見されながら、“レラの人”を続けている。


みんな、まとんと同年代。
みんなすごい。
みんなそれぞれのこれまでの人生で身につけたいろんなものや、
持って生まれたいろんなものが、
超光ってる。

尊敬する。


他のメンバーもすごいけど、書ききれないからとりあえずやめとく。
by ushimaton | 2012-07-30 05:54 | 東日本大震災

えがお

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去年の秋からしばらくぶりに、数日間お手伝いに来てくれた方が、
「ろここさん、去年はもっと笑っている事が多かったなあ。」
って言っていたんだって。

そうか、笑ってないか。
よろしくないな…。

去年は、どうしていたんだっけ?

毎日やっぱりいっぱいいっぱいだったけど、
いっぱいいっぱいに送迎活動を頑張ることだけ、考えていれば良かったんだったかな。

冬になって
「来年度は資金援助が止まる」
という北海道からの話と、
「まだまだ何も変わっていない。」
という現地の声のギャップ調整が始まり、
何とかして続けてくれという地元の訴えを携えて
県の補助事業に応募して、
補助事業と北海道の支援(細くはなったけど)でどうにか新年度スタート。

一年はあっという間だから、
来年度以降の事を考えていかねばならず。

「地元に引き継ぐ」
というのを、
割と簡単に考えていた。
熱意もあり、ひとりじゃないから。

だけど、甘かった。

「建物をきれいに立て直すみたいにはいかないねえ」
自分が良く言う言葉なんだけど、
足元を見ていなかった。
彼ら自身が、支援者と同時に被災者でもあると、わかってはいたはずなんだけど。

“任されて、出て行かれる”
ことを恐れてる。
「まだまだ自分たちだけでは無理なんだ」と。
「ここで引き受けて、撤退されてしまったら、重すぎて落としてしまう」と。


一年経って
不思議なことに、そこら中の空気に、不安は増える一方。


こんな時こそ、「笑顔」なんだよな。

「笑顔」って、すごい力があるし。
いつも、身近なみんなの笑顔に私は癒やされている訳で。

作り笑いが下手過ぎるおいらが笑うには、
実際に楽しくなくちゃ。
楽しんで乗り越えなきゃなんだよな。

と、思った。
by ushimaton | 2012-07-15 08:53 | 東日本大震災

フェイスブックはじめました

自分のじゃなくて、れらの宣伝でございます。
(自分は2008年くらいに始めてるんだけど、つい最近まで放置してた)

れらのfacebook、始めました。

これまで、こちらの活動報告は、札幌の団体経由のブログのみだったんだけど、
これで初めて、石巻の現地スタッフがよしなしごとを直接つぶやける場ができたわけであります。

普段、インターネットとかSNSとか、ほとんど触らない現地スタッフに合わせて、普通にEメールとしてアップできる方法で、地元のメンバーが頑張って送迎の合間につぶやいております。

駆け出しの初々しいところ、応援よろしくお願いいたします。
宣伝もよろしくお願いいたします(^O^)

http://www.facebook.com/ishinomaki.rera

アカウント持ってる皆様、このページへの「いいね!」ボタンをよろしく〜♪
私達が、読んでくれている人がいると知ることができる手段は、この「いいね!」ボタンなのであります。
まだ20にも満たないけど、
目指せ、100いいね(´▽`)


まずはバタバタとお知らせまで。
by ushimaton | 2012-06-21 22:43 | 東日本大震災

おしらせ

今週の水曜日、6月13日の午後8時から、NHK教育(Eテレ)の番組
『ハートネットTV』で、こちらの事を紹介した放送をしてくれるそうです。
http://www.nhk.or.jp/heart-net/tv/calendar/2012-06/13.html
良ければぜひご覧ください。


……いや、個人的にいうと、自分が映る番組を「見て」と言うことには、
たいへんな違和感というか消極的な気持ちになってしまうのだけど。うう(-"-;)
今回は一部、「すかいぷ」とかいうものを使って会話するということになってしまい、
それはそれは恥ずかしい思いをしたので、なおさらではあるんじゃけど…。


でぃれくたーのエビちゃんは、すごくまじめに向き合って、取り組んでくれた。
事前取材に単身石巻れらに乗り込み、丸3日間実際の送迎に張り付きで同行し、
すっかりスタッフ状態で街を走り回り、
東京に帰ったとたんに、そのギャップに「逆カルチャーショック」を受けて
しばらく寝込んでしまったという(笑)
そんな体を張ったエビちゃんが、こちらの事を思いながら作ってくれたものを
お時間あれば、見て下さいな。

教育テレビって視聴率1%なんだって。
だけど、絶対になくなってはいけないチャンネル。
市場原理だけで世の中を回してはいけないという部分の象徴みたいな存在だと私は思う。
でもって市場原理だけで人間はできていない、ということのあらわれでもあるんだろうな。

単身乗り込んできたエビちゃんが、帰る前に、
「被災は同時だけど、復興はバラバラなんだなあ。」
と言っていた。

この災害に限ったことじゃない。

私も、自分が関わったから、ここでこういうことを発信しているだけであって。
だけど、関わったからには、できることはできるだけ、してみる。

30分ばかり、あなたのその貴重なお時間を、こちらの様子を覗き見ることに
割いてやってけらいん。
お願いします。
by ushimaton | 2012-06-10 10:56 | 東日本大震災

そんな近況。

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「ヒロちゃん、わりぃ、今日は早く帰る。」
「なんかあったの?」
「友達が、…亡ぐなったって連絡来てさ…自ら命を絶ってしまったぁ…。」
「え……。」
「ちょうど1年前に、津波で流された奥さんと娘さんが見つかったんだ。
結局、あいつも、いっちまったんだなぁ…。」
「……。」
「本当多いんだ。みんな…。
本当に多いんだよ。なあ…。
抑えたって、やっぱり泣けてくるよなあ……。
どうして、どうして、こんなになっちまったんだろ、なあっ……。」





「あれなのかな、心の病ちゅうのは、やっぱり、普段、何でもなかった人も、いきなりなるもんなのかな?」
「なることもあるよ。どうしたの?」
「いや、うちの親戚が入院したんだ。刃物を振り回したり、自殺しかけたり、手がつけられなくなって。」
「今まではそういう事なかった人が?」
「全くそんな人じゃなかったんだよ。
だけど、津波があって、波が引いた後で、家の中に、
流されてきた知らない子供の遺体があったんだと。
津波の前は、元気だったのになあ、こんなに変わるもんなんだな…。」




スタッフ仲間たちのつぶやき。

それから、長いため息を吐いて、口々に、

「きついなあ…。」
「ひでえなあ…。」

と、漏らす。

今になって、今が、きつい。

そんな声があちこちから聞こえる。


スタッフ自身も被災者であるということ。

これが、こんな会話が、ここの日常。
ここの現実。


私に、私たちに、何ができるだろうと、考える。
by ushimaton | 2012-06-04 23:36 | 東日本大震災

違うけど同じもの

遠く中国地方の某県から、ボランティア希望の方が来た。

活動期間は、ほぼ半日。
東京に用事ができたため、それと合わせて、
「ずっと行きたいと思っていた」
被災地ボランティアにいらしたのだという。
知人の伝で、私たちのところに来た。

自治会の防災関係を担当されているらしい、60代くらいの男性だった。

たったの半日だとしても、せっかく来てくれるのだから、何か得るものを見つけて行ってもらいたい。
「何かをする」ために来るボランティアの受け入れ側でも、
いつも私たちは私たちなりに、いろいろと考えて受け入れる。

地元スタッフのSさんとコンビになってもらって、送迎に入っていただくことにした。
今、私たちの団体のスタッフの過半数は、地元石巻の人間。

地元の人の気持ちの中には、
「観光スポットみたいなノリで見に来ないでほしい。」
という気持ちと、
「来てくれたからには、ここの被災状況を見て知ってもらいたい。」
という気持ちがある。
一見矛盾しているようで、実は同じ事を言っているともいえる。
その二つの違いは、救いがたいほどの大きな開きがある一方で、紙一重でもあるかもしれず。

ともかく、
「わざわざ遠くからボランティアを希望して来てくれた。」
というだけで、地元スタッフは皆、とてもまじめに受け入れる。
自分自身の被災について教え、利用者である被災した方々の状況を説明し、
車窓の外の瓦礫の山や仮設住宅について説明する。

今回来てくれた方のポケットから、ピッ、ピッ、という定間隔の電子音がずっと聞こえていた。
「何の音ですか?」
その方は、ポケットから小さな機械を取り出した。
「放射線の測定器ですわ。」

絶句……。

東北の被災地=放射能、という短絡的な考え方。
東北に行くから測定器を持ち歩こう、という考え方。

被災者と向き合って、被災者であるスタッフとともに歩きながら、
ポケットでガイガーカウンターの電子音を鳴らし続ける神経。
そして、車の中で数字の上下を眺めながら、風向きがどうのこうのと口に出す神経。

たとえば、
「ここは放射線量が高いですね。」
と伝えたところで、何ができる?
それがどれだけ不快な思いを与えることのできる魔法の言葉なのか、
私自身も、この日に初めて知った。

ほんの少しでいいから、
もしも自分がここに住む人だったら、と
家族を失い、子供は東京からめったに来ることなく、足を引きずって人里離れた仮設住宅で一人
ただ日々を送る、あなたが今運んでいる後部座席のその人だったら、と。
運転席でハンドルを握っている、身一つのほかのすべてを流されたその人だったら、と。

おそらく、この方の感覚が、この方一人だけとび抜けてずれているものではないのだろう。
何がおかしいの??と思う人もいるだろう。
私も、ここにいなければ違っていたのかもしれない。

住民が自分で放射線を気にして機械を持っているのと、
たった一日滞在する人がポケットで電子音を鳴らしているのは、
それこそどうしようもないほど違う。

ここでは、住んでいる誰もが、自分たちの街の放射能についての心配を口にしない。
実際に心配していない人が大半であり、
それどころではない、という人がやはり大半でもある。
心配したところでどうもできねべっちゃ?ということでもある。

温度差とか、感覚の違いというのは今に始まったことではなく、
全く仕方のない事でもあり、
私と被災者の間にも、被災者と他の被災者の間にも、どうしても越えられないものはある。

違いは、違いであり続ける。
私が東日本大震災で津波の被害を受けなかったのは絶対に変わらない事実だ。

だけど、
並んで歩くことは、できる。
足を引きずるおじいちゃんの手を引くことができるのは、私が足を引きずっていないから。

何が必要なのか。
それは、ほんとうに、ちょっとの想像力なんだ。
ちょっとだけど、絶対に、必要なんだ。
世の中のすべてに。

人間にはそれができるから。



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by ushimaton | 2012-05-27 10:52 | 東日本大震災

はなのうみ

花で花で、海が見えない

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夕方、桜を見に日和山にのぼった。

桜はいっぱいに咲いていた。

空気が香っていた。

その坂道を下った先を、包み込むように、いっぱいに咲いていた。


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この山に登るのを、嫌がる方もまだたくさんいる。
海が見えるから。海から山のすぐふもとまでの、荒野と化した世界が見えるから。
積み上がった瓦礫が見えるから。
あるはずの我が家が、あのひとの家が、どこにもないのが見えるから。



花は何を思うか


ほんのひとときだけ、傷ついた人の目の前を、やさしい色と匂いで、覆いかくした。


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by ushimaton | 2012-04-29 20:26 | 東日本大震災

一年

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石巻に来て、一年が経ちました。
by ushimaton | 2012-04-06 22:33 | 東日本大震災

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6年前?7年?いつだっけ?
に、ブログをはじめてからこっち、自分的プチ節目には何か書いていたものだが、今年は誕生日もいつの間にか通り過ぎてしまった…。
まさか自分に37歳という年齢が来るとは(笑)

まあ、ダテで過ぎるばかりの年月ではなかったことにしましょう。うん、きっとね。

「目指すゴール」なんてわからないけど、向かうのは全ての人と同じ「死」なのであって。
どうせ死ぬから努力とか向上は無駄なのかというと、別に人間は「結果」のために生きている訳ではないのであって。
「向上」のためにすら、生きている訳ではなくて。
ともすれば、子供の頃から刷り込まれた意識で、
「目指す結果があって、現在というのはそのためのプロセスなだけで、不完全な今の自分は本当の姿になっていない。」
と考えてしまうのだが。
よく考えてみると、それでは人生の99%を“仮の姿”という意識で過ごしてしまいかねない。
99%もそうなら、それは“仮の姿”ではなく、たぶんそっちの方が“自分”の主成分なのだろうな、と。
たとえば試験に向けて試験勉強している時の自分は、結果がまだでていないから意味がない、という訳ではないのかな、と。


冬が長い。

寝袋にくるまる生活がなかなか終わらない。
でも、昨日は暖かくて、虫が飛んで花が咲いた。
いつの間にか、昼の時間は夜より長くなり。

去年の今日は、千葉を離れた日。
やまもりの荷物を抱えて飛行機に乗って、新千歳空港からドキドキしながらまっすぐ札幌のホップを訪ね、初めて代表に会った。
5日に出発する隊に一緒に乗せて石巻に連れて行ってもらうことになったのが決まった日。

それから区役所に直行して、住民票を札幌に移した。
結局札幌には年間トータル1週間くらいしかいないんだけど(笑)

時間は巡るんだね。

一年前に泣いてばかりいた人が、少しでも泣かずに歩き始められていますように。



ところで、そんな節目の春になんですが、結婚します。
相手は、こちらにボランティアで来ていたネパール人です。
私の方が落ち着き次第、今度はネパールに飛ぶことになりました。




もちろん嘘です。

毎年毎年、欠かさず書いていたエイプリルフールが、気がついたら来ていた!という痛恨の事態になっていたのだけど、やっぱり何か言っておかないとね( ̄∀ ̄)



がんばるよ。
もう少し、石巻で。
大したことはできなくても。

そうさせてくれて、ありがとう。
by ushimaton | 2012-04-01 08:25 | 東日本大震災

節目だけど、区切りじゃない。

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明日で、災害から1年になる。


自分自身が被災したわけでもない私でも、何度
「こんな世界が押し寄せるとはまったく思っていなかった3月10日より前の世界に戻れたらなあ。」
と思ったことか。
日本中で、どれだけの人々が、そう思っていることか。

戻れないとわかっていても、今のこの状況が、「仮の姿」だと思ってしまう。

札幌に帰った年末年始、ほとんどすっかり「元の姿」になっているように見えた、街中。
確かに、多くの人には、そうなんだろうな。
だけど、そうじゃない人も、たぶんたくさんいる。
津波にやられていなくても、体は元気で被災地に住んでいなくても、あの日を境に、何かを壊した、何かを失った、何かがおかしくなった、人たちが、たぶんたくさんいる。

なんていう試練。


5月半ばにレラの電話番や配車を引き受けるようになってから、私は宿舎と拠点と夜の大学でのミーティング以外はほとんど一歩も外に出ないような毎日を過ごしている。

だけど、先週土曜日に早めの送迎終了のあと、ボランティアスタッフをしてくれている地元・雄勝のヒロ氏(今は仮設住宅暮らし)が、いつものようにする事沢山あるというのに、かなり無理やり私を連れ出して雄勝に連れていってくれた。

雄勝は、4月に少し訪れただけ。
その姿は現実のものとは思えず。
飴のようにぐるぐるねじれた電柱や、一体どこから来たのかわからない、横たわる家。
学校の最上階すら窓枠が曲がって吹き飛んでいる。
「こんな所に観光バス!?」
と思ったら、近づいたら、建物の屋上に乗ったバスだった。
何がなんだかわからない混沌。
雄勝の避難所にレラの案内を渡そうと思ったのに、遠く道は悪く、行くことが出来ずに戻ってきた。

それから11ヶ月が経っている。
瓦礫はすっかり集められ、うずたかい山がいくつもできていた。
建物があったらしい土台があるだけ。
混沌を取り除いたら、無が残った。
だけど瓦礫の山は、無ではなかった。
積み上げられた家電たちは、曲がった姿で苦しげにまだ歌を歌っていたようだった。
色とりどりのプラスチック製品の山からは、まだ生活の匂いがしていた。

ヒロ氏の「我が家跡地」にも連れられて行った。
3度も4度も訪れた津波に持って行かれ、土台の石積みだけだった。
赤ちゃん用のおもちゃが転がっていたけど、どこから来てここにあるのかわからなかった。

みんな、まるで昨日のことみたいに、震災の話をする。
時計は、止まっているか、ひどく遅く動いている。

まだまだ、何も終わっていない。
311は、節目ではあっても、区切りではない。


この記事を打ちながら5、6回は寝落ちしてしまっているので、もうこの辺で。
by ushimaton | 2012-03-10 23:46 | 東日本大震災


気が小さいのに、珍しいものは好き。 道草を喰って、たまに反芻したり。 牛歩ではありますが。


by ushimaton

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 生まれと育ちは北海道

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 行っております

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 とどこおりがちですが、
 嬉しくありがたく
 読ませていただいています

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