カテゴリ:東日本大震災( 55 )

みなみはまにて

石巻市南浜町。

家やおもだった建物はほとんど撤去された中にぽつんと残っていた市立病院がついに撤去作業をしている、と、ちょっとして話題になっていた。
私は拠点から出ることはほとんどない(あっても早朝か夜に徒歩圏内)ので、かわりにはるみちゃんが撮って来てくれた。
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わ、本当だ。みるみるうちにどんどん姿を消していくと皆が言っている。
街を一望できる日和山からもよく見えていた。
大変な被害のあった南浜町の病院だが、建物は頑丈に持ちこたえ、多くの命はここで守られたと。

先週の日曜、はるみちゃんが私を乗せて街をちょこちょこ走ってくれた。
ドライバーや皆はいつも眺める景色。
ずっといるけど、私は久しぶりに見た景色。
撮った写真を見せてもらって数日くらいだけど、
市立病院はもうほとんど見えなくなっていた。
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初めてこのあたりを通ったのは、
避難所の方をあの頃旧市役所の隣にあった市立病院仮診療所まで乗せていった2011年4月。
窓から飛び込んでくる南浜町の光景は、何もかもが折り重なり折れ曲がり、
どこが家かどれが車か、何がどうなっているのかわからなかった。
景色でも眺めるように目を向けてはいけないという気がして、
後ろ向きの補助椅子からずっと、向き合っている利用者さんに意識を集中して通り過ぎた。
だからあまり道の記憶がない。

そのあと私は拠点の中と夜のミーティングだけを往復する生活を2年間続けてきたので、
それから1年以上一度も通っていない。
何も知らない人は「その気になれば出て来れたはず」というかもしれないけど、
本当に無理だった、仕方ないね。

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はるみちゃんと
あらためて、南浜に立つ。
目を背ける必要はなくなったけど、目を凝らしても夏草が繁るばかり広がるばかり。
焼け焦げた跡の残る門脇小学校は、目隠しにネットで覆われている。

しばしば、
「震災を忘れないために被災した建物は保存しておいた方が良い」
「地元の人は見たくないから撤去してと言う」
というようなやり取りや言葉が飛び交う。

「忘れないでほしい。過去にしないでほしい。風化させないでほしい。」
だけど、
「思い出すものは目の前から撤去してほしい。」
それは、今、仕方のない事ではある。
“住民の意向に沿って”って、
住民にとってはまだ「残しておこう」と言えるほど“重さ”が取り去り切れていない。まだまだ弔意のただ中なのだ。
例えば交通事故で亡くなった方の家に行き、
「このような悲惨な事故を繰り返さないために、お宅の車庫にお父さんの乗っていたぐちゃぐちゃにつぶれた車を永久保存しておいてくれませんか。」
と言われたらどうなんだ。

「現物」の持つ力というのは本当に強烈だから、
なんらかの形をもって「現物」の存在はあってほしい。
でもその判断を、今、住民につきつけても、きつい。

そういうくるしい「現物」を実際に自分の目と手と鼻と耳と頭を使って感じるのは
この時代にこの国に生まれた人間にとって、
「しておくべきこと」
だとおもうのです。

何かしようとか
心構えとか
そんなんじゃなくていいから
by ushimaton | 2013-07-14 18:24 | 東日本大震災

ご報告




先月をもちまして

つづき
by ushimaton | 2013-06-09 00:25 | 東日本大震災

広くなった空

今年度に入ってから、団体を切り盛りするための資金繰りというビッグな問題にアタマヤミしながらアップアップな毎日を送っている。
まーずっと似たようなアップアップだけど。

怒涛の助成金申請ラッシュ(5月末締め切りで4本提出…)の後の日曜日ということで、まださらなる大本命が残っているけれど、ちょこっとスローになってみる。

ずっと行きたかったところへ、トコトコ行ってきた。
歩いても10分くらいのすぐの場所なんだよ。でも初めて行ったね。

それは、私たちのボラスタッフ仲間の“実家”。
大阪に住んでいるいとうさんは、石巻出身。
個人ボランティアとして去年から忙しい仕事の合間を縫って、バリバリお手伝いしてくれている。

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いとうさんの実家は、
今は、誰もいない。
家も、ない。

震災の日、自宅の2階に避難した御両親共々、津波は家ごと流し去ってしまった。

いとうさんは、震災直後から何度も何度も何度も、大阪から車を走らせて、石巻に通った。
御両親のご遺体を探し出し、さまざまなことを全て終わらせ、
「あと、していないのはボランティア。」
とレラに声をかけてくれた。

いとうさんはご自宅のあった場所にチューリップの球根を植えた。
ヒマワリの種とコスモスの種を播いた。
どの季節にも花が咲いているように。

今日訪れたいとうさんの“実家”のチューリップは、
もうすっかり花を終わらせていた。
でも、その後を引き継ぐように、しろつめくさが満開だった。
離れていても花が香っていた。
ヒマワリとコスモスの芽が出ていた。

いとうさんのお家の周りはずーっと、だだっ広い“空き地”になっている。
ここは住宅地だったんだよ。
空き地の向こう、取り壊しを待つ壁の吹き飛んだ家が語りかける。
その隣では、きれいに建て直して今もそこに住む家族が布団を干している。
その向こうには、すぐに建てられてすぐに壊せる、ちゃちな作りのアパートが建って、
県外から来ている建設業者さんたちが暮らしている。

来たばかりの頃、知らずに何度もいとうさんの家の横を通っていたんだ。
いとうさんの家の脇を通って、瓦礫を縫って、ぽつんと忘れられたようにヘドロまみれの悪臭の真ん中に建っている集会所の2階に避難している人たちを、週に一度お風呂に連れて行っていた。

今は瓦礫もヘドロも悪臭も、何もない。
その代わり、家も人も、ほとんどない。

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避難所になっていた集会所の前に、町内会が建てた記念碑が出来ていた。
地域の人はバラバラで、ほとんどここには住んでいない。
財政的にも精神的にも大変だろうに、しっかりした作りの石碑に、強い思いを感じる。

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歩きながらいろいろな思いがめぐる。

心優しくて責任感の強い方は、
近所に声掛けをしている間に自分が逃げ遅れてしまった。

足の悪い方は、
とても歩いて高台に行くことはできないからと、自宅の2階に避難した。
それすら間に合わなくて、階段の途中で家の中に波が来て、
抱えていた飼い猫がさらわれてしまったと話していたのは、そうだ同じ地区の方だった。

寝たきりのお父さんが
「自分を置いて逃げろ」
と言って
自分はなんとか助かったけど、父は亡くなりましたと話した人。

巨大堤防を作ることに費やす時間とお金と人とで
誰もが逃げられる仕組みを考えよう
その方がよほど多くの命が助かる

忘れよう忘れさせよう
日本は大丈夫
放射能も心配ない
被災地は元気に立ち直ってる
こんな大災害はもう当分は来ないのだから

そんな風に考える国なのだとしたら
滅びてしまうよ。
by ushimaton | 2013-06-02 23:46 | 東日本大震災

ご、ごめんごめんひさしぶり

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ブログご無沙汰しました。

最近は寝る前にfacebookにざらっとつぶやいて終わり、ということが多くて。

私にとって、ついったーはわーっと流れ去る川で
facebookは知り合い限定日刊紙みたいなもので
ブログは本棚にずっと並べておく存在みたいな。
(mixiはログインするだけで「○○分前ログイン」とか追跡されてる感が…)

なので、ついブログは「ちょっと落ち着いたら」みたいに思って逆に放置になってしまうのだけど
とても大切な存在なのであります。

放置するくらいならfacebookアップした時に同じ内容でこっちにも載せればよいかなとも思うんだけど
それでやってみようかな

めちゃめちゃ忙しい状態が止まらず、
reraブログ(というか札幌への報告メール自体)止まってしまっているので
それで自分のブログをアップするのは気が引けるという…

がんばります。うーむ。

新年度になってしまったけれど、
私はまだ石巻におります。
まだ、抜けられねぇなぁ。

こんなことしてて自分の人生どうなるんだろう
時間は有限なんだけど
とも思うけど、

そんな事より重大なものに関わっていると自分が感じるうちは
逆に抜け出したら多分めちゃくちゃ後悔するから

落ち着いたら
しわしわカスカスでも大事にしてくれる人でも探して
コンカツでもするさぁ( ̄∀ ̄)(爆)

実はGW札幌に帰ってきたんですぅ
でもバタバタあっという間に過ぎ去った。

みっちゃんちに行ったんだよ!!
このブログと共に成長していたような、みっちゃんちのひなたったら、
なんと、小学生になってたんだよ!
そして、寝返りやっと打ったくらいだった弟ひかるは、
元気でかわいい3歳児になってた!
(最初の写真)

これからもうちょっとこっちもアップできるように考えまする。

これからもよろしく!
by ushimaton | 2013-05-09 22:58 | 東日本大震災

2013始まりました

あけましておめでとうございます。


昨年中は大変お世話になりました。
今年もよろしくお願いいたします。
早いもので、被災地入りしてもう1年9か月。
現在1年ぶりの帰省中であります。

すっかり連絡無精でごめんなさい。
「年賀状どうする?」という何人かからのメールにすら返事書いて無くてごめんなさい。
いただいた年賀状の返事も書いていなくてごめんなさい。

さて、無事にフェリーで札幌にたどりついたまとんであります。
そして、明日(もう今日)が出発の日……おいおい

毎年、年末年始には挨拶記事を書いていたし、一つの締めくくりにしていたのに、
せっかく帰ってきた今年、ブログも書かず(Facebookはちょっと書いたけど)
何をしていたかというと………

寝ていました。はい。
なんだそれアホか?ってくらいめちゃくちゃに眠っておりました。

到着後3日間くらいは友達に会ったり買い物したり髪切ったりうろうろしていたんだけど
1月1日から、バタッと倒れてコンコンと眠っておりました。
体調不良ではないのだけど。なんなんだってくらい眠くて眠くて眠くて。

f0032403_1395069.jpgかろうじて大晦日に北海道神宮で「大祓い」を受け、1日早朝に初詣をしてきた。
「大祓い」初めてだったのだけど、良かった。
色々なものが清められてすっきりして、新しい年を過ごすことができますように。

おみくじは、今年は「吉」だった。

去年のおみくじには、
「お先真っ暗でこの先どうなるかと思っても、きっとよくなっていくからね。大吉。」
と(いうようなことが)書かれていた。
実際、去年の今はお先真っ暗で不安の塊で視界10センチくらいだったけど、皆様のおかげで補助事業として動き出すことができ、無事に1年間走って来れた。

そして今年は、
「することはなるべく早くにしなさい。人と人で力を合わせれば良くなる。でも悪いとわかってる方に行くと悪いから気をつけなさい。」
ううむ、深い………
ありがとうございまする。

f0032403_1525597.jpgところで前日の大祓いで凍死寸前になったので、初詣は最大級に暖かいダウンで臨んだのだが、ポケットになんか入っていると思ったら、なんとアラスカのビールの王冠。
懐かしすぎる……
なんだか、大吉と同じくらい嬉しかったー。
私アラスカで27歳になったんだ。
てことはもう10年も前なんだ。
びっくりだ…。

それにしても、なんでこんなに眠いのか。
思い当たらなくもない。

理由は簡単。
向こうで安眠できていなかったから。

上着を脱いで部屋にいられること、
お風呂に入れること、
暖かい布団で、寒さに何度も目覚めることなく夜を過ごせること、
ちゃんとしたご飯が食べられること。
自分を知る人に囲まれていること。
体中がほっとしているのは間違いない。

向こうでは、
24時間レラのことで頭がいっぱい。
朝6時半から夜11時くらいまで、トイレや食事もギリギリで済ませるくらいにいっぱいいっぱい。
プレハブの拠点は北海道のような断熱なんてあるわけもなく、ポータブルの灯油ストーブを焚いても一日中芯まで冷え込む。
食事はレトルトか、利用者さんがくれたおかず。
夜11時までに公共温泉に行けばお風呂に入れるのだけど、大体間に合わないか疲れ果てて行くのをやめるか、風呂に行っている間に室温が氷点下になるのが嫌でやめてしまう。
宿舎をシェアする県外スタッフが一人もいなくなったので、真夜中に極寒の宿舎に戻っても辛すぎるから、ついついプレハブで寝袋にくるまって朝を迎えてしまうのだが、それを毎日毎日毎日毎日繰り返していて、体に何も蓄積されないわけがないことは、本当はわかっている。
「オン・オフが大事だよ。」
言われるまでもなく、そんなのよーく知ってる。
でも、眠っていてもオフになれない。
良くないことはわかってる。

「被災者でもないのに生活が大変だ大変だと言うな。もっと大変な人もいるのに。」
これまでも何度もそう言われた。
「被災者のことを考えていない。所詮被災者の気持ちはわからない。」
ごめんよごめんよ
どうしたらいいんだろう。
寒くて夜中目が覚めるたびに、昼間の出来事がフラッシュバックする。
どうしたらいいんだろう。

そういうものをみんな残して、指折り数えて戻ってきて、
結局何もせずに眠って眠って眠り倒して帰る日になってしまった。

「段ボールってあったかいんだよ。」とか
いろんな助言くれる人がいるけど、
贅沢だけど、私、「生存」ではなく「生活」がしたいと思っておるのです。
私は、相当に体が丈夫で、お陰様で全然体調も崩さずに(運動不足で太ったけど)ここまで来ている。
自分に甘いので、もうちょっと「生きる」「生活する」のが楽になるように工夫したいと思っている。

とりあえず、布団を持っていこうかと。
それから、ずーーーっと作業着オンリーだったけど、普通の服も、スーツやコートも持っていこうかと。
顔も洗わずツナギのまま寝袋に潜り込む生活をどこまで変えられるかわかんないけど。

余裕ないとだめだ。
みんなに迷惑かけるし。

私、石巻で、メンバーに「ぷりぷりキャラ」って言われてるんだよ。
いつも怒ってるって。
最悪だよね。そんなのいやだ。


どうしてよいのやらまだわからないまま、
不安と悲しみでいっぱいのブルーーーな帰路につくのであります。
でも、
「時期を考えて早くあらため進むがよい」
というおみくじのお言葉もあるし
がんばってきちんと先を見て参る。


今年もよろしくお願いいたします。

寒くてボランティアの足も遠のく冬だけど、
じっとこらえて生活している人たちがいるってこと
思い出してくださいね。
(震災や被災地のことあまりにも報道されてなくて驚いたけど)
by ushimaton | 2013-01-04 02:44 | 東日本大震災

それぞれの夜を

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特別な夜

何気ない夜

いつもの時間

できるだけ穏やかに過ごしていますように



12月27日着のフェリーで帰ります
1月4日まで

結局1年ぶりの帰省になってしもうた……


ブログなかなか更新せずすみません。
レラの方の報告がたまってしまい、
あちらを何とかする前に自分のブログを更新することに気が引けて…。
(でもFacebookはちゃかちゃかっと更新できるのでちょいちょい書いてる)

何事もため込んではいけません。



………たまりっぱなしやぁ~~


遊んでくれる方連絡お願いね!
っていうか、もう誰もブログ読んでないんじゃあ…(T_T)
by ushimaton | 2012-12-24 20:19 | 東日本大震災

【お知らせ】

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明日14日(日)午前7時からのNHKニュース「おはよう日本」の中で、レラを取り上げて下さいます!
(全国で見られます)

おそらく7時20分以降と思われます。

去年の夏くらいなら、
ただひたすらに目の前の困っている人々を運んでいる、
わかりやすい“支援”を見ればそれで良かったのだけど、
今は全然違う。
やってることは基本的に同じなのに。

いろんな壁に当たって、大人の事情に翻弄されて(笑)

いつも、
「できることを何かしたい!」
という“思い”ばかりに囲まれていたレラだったはずが、
気がつくと、さまざまな“思惑”に取り囲まれていた。

ちょうどじたばたと「グダグダ海」を泳いでいる所にやって来た取材のながのさん。
10分ほどの中に、
どんな側面を切り取るのか
私たちにも全然わからないけど


良かったらご覧下さい。
by ushimaton | 2012-10-13 06:16 | 東日本

東北のカーネルは

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楽天ファンのようだね
by ushimaton | 2012-09-04 23:51 | 東日本

『石巻市立湊小学校避難所』を観よ!

映画が上映されているらしい!

『石巻市立湊小学校避難所』

避難所があるころに助っ人で来てくれた人たちは、たぶんみんな知ってる。
「みなしょう」の呼び名で、市内でも屈指のメガ避難所だった。
4階までのすべての教室が避難所となっていて、
送迎の依頼も毎日来ていた。

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津波もひどかったし、その後の地盤沈下もあって、
校舎前のぬかるみが、まあひどかったこと。
自衛隊さんが埋めても埋めてもぐちゃぐちゃで、
校舎前に車で乗り上げたらすごい怒られる。
だけど利用者さんたちは足が悪くてぬかるみ歩けないから、
私たちも、利用者さんも、避難所のスタッフさんたちも、
雨のたびに苦労してた。

今は
周辺の家は撤去されてポツポツの歯抜け。
小学校は、校舎は閉鎖され、他の学校に仮校舎を作って授業している。

サイトでちょっと「予告編」を観た。
避難所の人々の、“日常”そのものの断片。

しかも、レラの利用者さんも出てた。
私がまだ外で送迎していた、去年の4月か5月頃。
すごく印象深くて今でも覚えてる。たぶん記事も書いたな。
同じ年代で、確か同じ名前だったんだ。
小さい子供さんがいるそうで、すごくエネルギッシュで明るかった。

大量に押し寄せる「ボランティア」の人々のなかに、かなりの割合で混入している
“ありがた迷惑ボランティア”について、正直な感想を言ってくれた。

「やってやってる」「していただいている」の関係を無意識に強要する上から目線とか。
いくら善意でも、想像だけでトンチンカンなものは困るし
実は単なる興味本位の“観光ボランティア”って人たちもいっぱいいたりとかね。

「あの子たちは、被災した人を何とかしたいから来てるんじゃなくて、
“自分の勉強のために”来ているのよね。」

特に大きな避難所だったから、本当にいろんな外部の人々が来ていたから…。

立場が「被災者」「支援者」といったって、人間の中身は同じでしょ?
やりきれない、噛み合わない、そういう思いが、“立場は違う”けど、すごく伝わってきた。
握手して、
「今度一緒に遊びましょう。」といってお別れしたんだ。

その方が、予告編の1シーンで、
避難所に来て『ふるさと』をコーラスしている人たちを見て、
「ありえない。あれはふるさとのある人が歌うもの。私たちのふるさとはここ、瓦礫の中。」
と言っていた。
コーラスを聞いた被災者の人たちは、たぶんたくさん泣いただろう。
涙ながらにコーラスを聞く被災者を見て、コーラス隊は満足したかもしれない。
実際癒された人もいたのかもしれない、でもね、わかるかなー、このモヤモヤ感。

生活している人にしてみると、日常のひとこまひとこま。
それが持つインパクトやギャップの大きさを、当事者たちは知らない。
だから、観てほしい。外の世界に住むあなたに。

予告編しか知らないけど。
そういうわけで。


見てけらいん、この映画を。
という宣伝でした。


by ushimaton | 2012-08-19 10:39 | 東日本大震災

つづきのひとあし

「人生とは、何かを計画している時起きてしまう別の出来事のこと」


以前にも書いたことがある、動物写真家の故・星野道夫氏の本の中にあった、
星野氏の友人の女性ブッシュパイロットが言ったという言葉。

他の人々から見ると、じゅうぶん「何かを計画して」の部分も変わっている、
てか、「計画してんの?」とか
言われてしまうまとんであるが(^^;)

一番はじめに札幌で支援団体の代表とお会いした時、
「最終的に地元に引き継ぐところまでを我々の役割としてやっていきます。」
と、その後の活動の芯となる部分を教示され。
「なるほどがんばります!」とばかりに、走ってきた。

何もかもが、予測していたよりもなかなか進まないまま、
たくさんの途方に暮れた人々を乗っけたまま、
時間だけが予定通りのペースで過ぎていき。

「地元に引き継ぐ」の意味が、はじめは
「元来存在していた機関が復活する」
と思っていたのが、実際はそんな簡単なもんじゃない、とわかってきて。
ならば、
「地元主体の団体を作って、受け渡す」
をとりあえずのゴールとして(スタートでもあるけれど)。


ほんとうは、みんな、少しずつわかってきている。
この災害がどんなものなのか、きちんと知っている人なら。

そんな、すぐに変わるもんじゃあないんだぜ。ということ。

ようするに
「地元主体の団体を作って」の部分が、今度はなかなか難しい。
ちょっと考えればわかる事だったかも知れない。
「あとはおら達に任せでけれ。ありがとうさようなら!」
そんな言葉を期待すること自体が、一方的な「上から目線」で「外から目線」ってこと。
出ていくのは簡単だし、だれも止められないし、出ていく必要がある分野もたくさんある。
自分たちは、どうだろか?

「もう必要ない」とか
「自立」とか
“外付け”のことばではなく、
ベースにすべきは、“現場”そのもの。
誰のことを見るのか。何をしているのか。どういうことなのか。
その核心を正確に見抜く感性と、そこから未来を計画するアタマ。

脳みそミニマム級なまとんに、必要充分なアタマはないけれど、
逃げ出す選択肢は存在しない環境が、まとんの先生。

レラは、地元主体の、将来的に地域に持続するNPO法人を立ち上げる。
だけど、設立時のとりあえずの代表には、自分がなることになった。

法人化のための「起業支援ファンド」の審査を通過した。
助成の対象は、起業をこころざす「個人」。
お金自体は100%団体のためのお金だけど、責任は申請者のムラシマにある。
なったからには、後には引けないぞ。
応援してくれる人たちがいるうちに、いいもの作らんと。

…といいながら、実際は時間不足に泣いております。
準備のほかにもしなくてはならないことが、それはそれは山盛りにあるのだけど、
毎日溢れかえる送迎依頼の対応だけで日中の時間も精神力も使い果たしてしまい、
燃えカスになった脳みその再起動がまた苦労すんだ。
(でも3か月ぶりのお休みを楽しんでいるなう。でも事務所で中途半端なう。)
沢山沢山それはもう沢山の人様々な形の力があって、レラは動いてる。まとんは生きてる。


くどい文章になったけど、
もうしばらくこっちにいるしかない、ということが、どうもはっきりしてきたようだ。
ということでした。

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今日の河北新報の1ページ。
当ったり前だけど、今でも、地元の新聞は内容の大半が災害関連。
なぜ当ったり前かというと、ここの人々の生活も、頭の中も、会話のほとんども、そうだから。

そうなんだよ
by ushimaton | 2012-08-15 15:32 | 東日本大震災


気が小さいのに、珍しいものは好き。 道草を喰って、たまに反芻したり。 牛歩ではありますが。


by ushimaton

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☆★うしまとん★☆

 生まれと育ちは北海道

 震災被災地にお手伝い
 行っております

 コメントの返事が
 とどこおりがちですが、
 嬉しくありがたく
 読ませていただいています

 自分のブログの更新する余力がなかなかなくなってしまいましたが、日々の報告メールをこちらに出しております。
災害移動支援ボランティアRera


 
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