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神様そりゃないよ

私が初めて酪農と関わった時の理由は、「それしかなかったから」だった。
畑作農家の手伝いをしているうちに冬になり、冬の間の仕事を探していて、見つけてもらったのが酪農の仕事だったのだ。
探してくれていた畑作の親分に、
「仕事見つかったぞ。酪農だ。」
と言われるまで、酪農なんて考えたこともなかった。

「うわー、牛ってこんなにでっかいんだぁ。」「牛の乳って4つなんだぁ。」
そんなレベルで始まった、私の酪農。
牧場の人たちは、親切に楽しそうに、仕事を一つ一つ教えてくれた。

「今日、牛舎にフォークを立てかけたまま忘れちゃってて、慌てて取りに行ったら、フォークの周りを牛がぐるーっと取り囲んで、みんなでベロベロにしてたんですよー。」
そんな日々の些細なことがすべて可笑しくて楽しくて、何でもかんでも報告していた私。
それを聞いて自分も面白がって、「そういえばこの前こんな牛が…」などと話してくれていつも盛り上がった、Hさん。

私の酪農に関する知識やノウハウのほとんどは、この人に教わったものだった。
春までのたった5ヶ月間というアルバイトだった私だが、牛のこと、搾乳のこと、酪農のこと、質問すれば何でも答えてくれたし、むしろ嬉しそうにいろいろと教えてくれた。
赤いラインを沢山引いた資料も、色々とくれた。勉強会にもついて行った。
私より2,3歳年上なだけだったが、まさに「酪農師匠」な存在だった。
(子牛の育成は、その後の牧場でのみほちゃんが師匠。)

農場の跡取り息子で、それに関してはとても前向きで、大学で酪農を学んだ後はそれを自分の農場でしっかり活かしていた。
無愛想で口数が少なくてバリバリに働くから、おっかない印象。だけど、話して打ち解けると、顔面全部でニカ~~ッと笑ってすごくおしゃべり。そのギャップが楽しい。
奥さんと生まれたばかりの娘をめちゃめちゃに可愛がっていて、低ーい声で
「可愛くて仕方がないんだ。」
なんてニヤけながらのろけていたのが記憶に残る。
お好み焼きをするから来い、とか、今日は鍋だぞ、とか、よく家に招いてくれた。
私は、そのお礼代わりに、一眼レフカメラで家族の写真を撮った。
牧場をやめて畑に戻った後も、何かとお世話をしてくれた。

能率的で、清潔な搾乳と牛舎。
おおらかで面倒見の良い人たち。
初めて関わったのがこの牧場だったから、その後も牛と関わる事が多くなったのかもしれない。

プチ同窓会に行っていた時、外でたまたまHさんと行き会った。
顔を合わせたのは5年ぶりくらい。
「お久しぶりですー、憶えてますか?」と駆け寄ったら、
「Mだろ。」と低ーい声で言って、ニカーッと顔全部で笑った。
「元気でしたか?」と聞いたら、
「元気じゃなかったぞ。」と言いながら、杖に体重を持たせ掛けた。
「左足の感覚がないんだ。トラクターから落ちてな。」
足が悪いようだという噂は聞いていた。

小一時間、他愛もないおしゃべりをした。
私たちは出かける前で、Hさんは仕事の途中だった。
「それじゃあ…」と言いかけて、また何かの話が始まる。
無愛想なようでいて、実は話好きなのも相変わらずだった。




あまりにも突然の訃報。

あれはほんの2週間前のことだったのに。

急展開の病状だったのだという。
一人で、いってしまったのだという。

ほんとかなあ。本当にもういないのかなあ。
ハチャメチャやる人だったけど、入院した時の話とか聞いたけど、だけどこんな日が来るなんて、一度も想像できない人だったのに。

バカだな。お酒もタバコも、やめてなさそうだったもんな。
お医者に止められているっていう話も噂で知っていたんだから、あの日、話しながらHさんがタバコを出した時に、一言止めればよかったのかな。
「10年持てばいいと思ってガンガン全力でやってる」なんて言って、それから2週間だよ。

確かに、あまり自分を大事にはしていない人だったかもしれないけど。
それでも、神様、これはあんまりだ。

ニコニコ笑いながら見せてくれた携帯の待ち受け画像は、胸にピカピカの名札をつけて桜の下で微笑む二人の娘。
大きくなっただろ、今は別々に暮らしているけど、毎週電話で話すんだ、誕生日のプレゼントに洋服を頼まれた、なんて言ってた。
娘さんもきっとそのうち会いに来ますね、リハビリすれば、足もだんだん良くなりますよ、バイクも乗れますよ、って私は言った。

そりゃないよ。
悲しいけど、だんだん「そりゃないよ」って気持ちが強くなる。
お父さんもお母さんもおばあちゃんも子供たちもみんないるのに。
みんなの心のケアをどうしてくれるんだ、Hさん。
戻ってきてあやまって、もうお酒はやめなさい。


思う存分駆け回って、バイクに乗って、娘を抱きしめて、それから天国に行ったのでありますように。
あなたのことは忘れません。
by ushimaton | 2007-09-25 23:07 | つらつら


気が小さいのに、珍しいものは好き。 道草を喰って、たまに反芻したり。 牛歩ではありますが。


by ushimaton

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