モーターショーの報告など

ちょっと遅くなったけど、モーターショーのシンポジウムは無事に終わりました。
来てくれた方いたらありがとうございました。

自己採点は、うう、50点くらいかな…。
「これだけは伝えてこなくちゃ」と意気込んでいたことの半分くらいしか話すことができなかった。
緊張で頭まっしろになったことも数回(-_-;)

もともと、モーターショーのシンポジウムであり、テーマが『被災地における福祉車両』であり、全体の流れとして
「やっぱり被災地でも福祉車両は大切なんですね」
ということを確認し合うためのシンポジウムではあるけれど、それにしても未曾有の大災害であったわけで、わざわざ集まって取材して話をしなくても明らかである“災害にも福祉車両は必要だな、やっぱり”ということを確認し合うだけで終わらせる手はない。

福祉車両というのは、車いすの人や寝たきりの人でも移動できるように改造された特殊な車両である。
リフトがういーんと下りたり、座席がぐるっと回ったりする。
特殊車両がないと移動できない人にとって、この車があるかないかは命に直結する場合もある。
今回の震災だって。

公住の1階に住んでいる車いすのご夫婦は、逃げることをあきらめていて、部屋にやってきた同じ住宅の人に背負って3階まで運ばれて助かった。とても被災の規模の大きな地区。

歩くのがやっとで車にも乗れなくなったおばあさんは、「私なんかが行っても迷惑だから」と、やはり避難せずに自宅の二階にいた。
たまたま二階は大丈夫だったけど、これは移動手段だけの問題でもない。おそらく、かなり多くの体の不自由な人が、同じようなことを言って避難をあきらめた。

ある方のお父さんは寝たきりで、津波が来たとき、家族に「置いて逃げろ」と言った。
被災の甚大な雄勝地区。お父さんは亡くなり、家族は逃げて生き延びた。

「年寄置いて行けない」と家に残って流された人もいた。

避難所で、一歩一歩が5センチくらいずつしか進むことのできない人が、2階3階に避難していて、一番最後にようやくグラウンドの炊き出しに辿り着いて食べ物をもらうなんてこと、どの避難所でもあった。

避難所の前に簡易沐浴施設があったけど、寝たきりで3か月間一度も体を洗いに行くことができていなかった人だっていくらもいた。

そういう話を聞いて、
「何やってんだよ、行政は!」
と行政の責任ということにするだけの人が何万人いても何の意味もない。
ましてやその渦中に、誰それが辞任しろだの何だのということにばかり夢中になっていた人には、不信感しか残らない。

いやいや、話題がそれた。

事例なんていくらでもあった。
ほとんど紹介することもできなかったけど。

シンポジウムの出席者は5人。
気仙沼の住人の方、福祉施設長の方、大学病院のお医者さん、ナースの団体の方、私。
司会の方に声をかけられた人が答える形で進行することになっていた。
「やはり被災地に福祉車両というのは必要ですか?」
という質問を投げかけられた。
「自分の力で移動できない人にとって、福祉車両というのはライフラインそのものだと思います。
ただ、福祉車両だけがあっても意味がないと思います。車両に乗れる人、メンテナンスできる人、必要としている人を見つけ出す人、そことつなぐ人など、人がつながることが大切なのではないかと思います。」
というようなことを答えた…はず(アガっていたのでちゃんと覚えてないけど)

震災直後に被災地入りして、まったく活用されないまま秋口に私たちのところにやってきたリフト車両がある。

大学病院は震災の時、非常事態体制をとって全員で被災者が運ばれるのを待っていたそうだが、当日は誰も運ばれてこなかったのだそうだ。
同じとき、診てくれる人もいないまま、足の踏み場もない町の病院で息絶えた人々が布をかけられたまま床に横たわっていたのだそうだ。

救えるものがあるのに、つながらない、潤滑する人の力が足りないということの勿体なさ。


司会の方は最後のまとめに入った。
「パネリストの皆さんの中で、最後にこれだけは言いたい、というものがおありの方はいらっしゃいますか?」
誰も手を挙げなかったので、おりゃっ!と手を挙げた。
このまま帰ったらみんなに合わせる顔がねぇ。伝えたいことの1割くらいしか言えてねえ。
「福祉車両とあまり関係のないことで申し訳ないのですが、来て下さった皆さんに、これだけは忘れないでほしいと思うことがあります。
ここにいると、震災というものはもう終わったんじゃないか、もう大丈夫なんじゃないか、と思われるかもしれませんが、まだまだ何も解決していない問題はたくさんあります。
レラを知るまで、仮設住宅からの交通費に20万、30万、200万円など費やして生活している人がいます。
千年に一度と言われている災害から1年も経っていないいないのに、もう大丈夫な状態になっているわけがありません。
まだ終わっていないんだ、ということだけ、忘れないでいてほしいと思います。」
というようなことを言った…はず(笑)

司会の人が何度も、
「ご苦労されましたね」
「お忙しかったですね」
と、なんか過去形で問いかけてきてばかりだったのだ。
そのたびに「今も大変なんですが…」などと修正修正していたのだが、ずっと気になっていた。
まだまだ多くの人の力が必要だということ、どうにもならないままの問題が多いということ、れらもいっぱいいっぱいだってこと、伝えるために来てるのに。

最後に無理無理ねじ込んで話せたから、どうにか50点。


シンポジウムが終わって退席したら、客席から出てきた方に呼び止められた。
控室に戻ってすぐ、「面会を希望している方がいる」と呼ばれてまた戻り、そのまま4,5組の方々とお話をした。
交換した名刺の住所宛に、義捐金を書留で送ってきて下さった方もいた。
「最後の言葉がよかったですよ」
と言ってくれる方もいた。

知っている人が何人か来てくれた。
愛知から弟も来ていた。
弟は秋に石巻に来て、活動に参加していったりもした。どうもありがとう。


そんなシンポジウムでした。

ところでモーターショーとはこんなところでした。という写真を撮った。
ピカピカの新型車両と、おねえちゃん達。
そしてお客さんたちの関心は車よりもお姉さんだったように…見えましたな( ̄∀ ̄)
車の写真より断然熱心だったしな。

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by ushimaton | 2012-01-03 17:26 | 東日本大震災


気が小さいのに、珍しいものは好き。 道草を喰って、たまに反芻したり。 牛歩ではありますが。


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